TSUTAYA三軒茶屋店に捧ぐ
「夜に入ってもらっているTさんというスタッフさんがいるんだけど、その人になんだか雰囲気が似ていて良いなと思ったので、私が採用にしたんです。書店の仕事慣れているだろうし、そちらでお願いしますね」
社員のRさんが笑うと、Rさんの隣に座っていた別の社員が口をはさんで言った。
「細谷くんさあ、前に向かいの西友の本屋で働いていたでしょう? 本当は不採用にするはずだったんだよ」
危ないところだった。
TSUTAYA三軒茶屋店のBOOKフロアで働くことになったのは二十四歳のときだった。
最初の仕事は世田谷線三軒茶屋駅前の広場にあった休憩所の前で、発売したばかりのハリーポッターをひたすら売るというものだった。
初日という事もあって、夏の暑い盛りに炎天下で柄にもなく大声を出した。
休憩所には確か近くに喫煙所があって、休憩中のバイトリーダー・SさんとKさんがタバコを吹かしており、恐る恐る挨拶すると二人は無言で会釈した。Kさんは自分よりも結構年下だったけど、妙に迫力があっておっかなかった。
僕はずっと敬語だった。のちに二人とも仲良くなった。
シフトが自己申告制でかなり自由がきくこともあって、店には音楽や演劇など何かを志している人も多かった。
Fさんはバンドマンですぐに仲良くなった。若林のツタの絡まった古いアパートに住んでいた。
Aさんは最初当たりが強かったけど、共通の音楽や漫画が好きなことを知って仲良くなってからは一緒にライブを観に行ったり、旅行するまでになった。
レジ誤差を出すたびに自分の懐から百円や十円をそっと補充してごまかして帰っていたTとはいまも友達だ。
もしかしたらもう誰も三軒茶屋にはいないかもしれない。いまも会いたくなる人ばかりだ。
当時、スタッフはレンタルDVDを一枚五十円で利用することができた。
セルフレジになる前、レンタル館のレジカウンターには結構な数のレジの分だけスタッフがずらっと並んでいて、ちょっとすごかった。
僕は巧妙に並ぶ順番を調整し、知り合いや話しやすそうなスタッフのレジを選んでいた。店は朝の四時まで営業していたから、時間帯によっては昼間働いている自分のことを知らないスタッフのほうが多かった。それでもTカードを通すと、スタッフかどうかわかるようになっており、
「あ、スタッフさんですか」
「そうなんです。お疲れ様です」
みたいなやりとりをすることになる。
そういう場合に、いかにはにかみつつ、あまり緊張することなく返事できそうな人物かどうかを見極めて並び順を調整していた。
店にはそんな閉じた人間に呆れることなく話しかけてくれる人がいて、働いているうちに一緒に飯を食い、お酒を飲んでくれる人が沢山できた。
月並みな言い方だけど、ずっと独りぼっちで過ごしていた街に鮮やかに色がついた気がした。
普段の仕事中、レンタル館のレジに入ることはなかったけど、東日本大震災の次の日に床にぶちまけられたDVDの山をひとつずつ調べながら棚に戻す作業をしたときはずっとレンタル館で仕事をした。
こんな映画あったんすね、とか言いながら、床に座って黙々と作業をした。
こんな日でもレンタルDVDを返却しに来たり、普通に店を訪れようとするお客さんが結構いて、それぞれのスタッフが交互に自動ドアの前に立って対応した。
「今日はお店は臨時休業なんです」
「え! そうなの!」
みんなとにかく不安だったのだと思う。なるべくいつもと同じような事をして過ごしたかったのだろう。
地震直後のキャロットタワーのぐにゃぐにゃ感とその後の街の閉塞感は忘れられない。
大学時代から店にはよく通っていた。
太子堂のアパートへの引っ越しを手伝ってくれた両親が帰った後、一人暮らしの部屋の淋しさにさらされた夜に、初めて彼女が部屋に来た次の日の朝に、一晩中飲んだ友達と松屋で牛丼を食べて別れた昼に、無印良品のちゃちな自転車を漕いで、TSUTAYAに向かった。
嘘みたいだけど、店のモニターで偶然流れていた劇団ひとりの「尾藤武の元気が出る男」を観て、心の底から救われたこともある。
店内を適当にふらついてCDを試聴したあと、DVDやCDを何枚か借りて部屋に帰る。さっきまで誰かがいた部屋には誰かの残していった匂いが確かにあって、切なくなる。
そんなとき映画や音楽は自分のやわな感傷に静かに寄り添ってくれた。
盛大な別れも、悲しい失恋も何もなかったけど、ただ凪のように続いていく日常の隙間に吹く淋しさを少しだけ埋めてくれた。
なんだかまんじりともせず眠れない夜、店がずっと開いているということも心強かった。
適当な上着を羽織り、雪駄をつっかけ、静まり返った住宅街を抜ける。
キャロットタワーはまるで三軒茶屋の恥部みたいに街の中心でいつもキラキラ光っているから、そこに向かって走光性の虫みたいに集まっていくだけだ。店に行ったからといって何をするわけでもないけど、やっぱりそこには同じように夜を持て余した人たちがいて無性に安心した。
人気コミックの新刊が発売する日。少年漫画の担当だった僕は始発も動いていないような早い時間に部屋を出て、店に向かう。
キャロットタワーの裏側から中に入って、まだ動いていないエスカレーターを駆け上っていく。
動いていないエスカレーターって何であんなに歩きにくいのだろう。
思わず前につんのめりそうになる。
レンタル館の自動ドアを手動で開ける。
奥に事務所があって、夜勤明けの社員やスタッフはどことなく気だるげだ。事務所の一角にある更衣スペースでそそくさと黒の制服に着替えて、売り場に出ていく。
そんな朝を何度も繰り返しながら結局四年働いた。
店は朝と夜の隙間を何度も乗り越えて、いつもそこにあった。
TSUTAYAで過ごした時間は僕にとって遅れてやってきた青春ぽかった。
TSUTAYA三軒茶屋店謝謝!
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