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品品喫茶譚 第73回『京都 百万遍 いくたびかのコレクション』

丸眼鏡がほしい。
数年前に表参道のリュネット・ジュラで購った小さめの丸眼鏡は私の愛用品のひとつである。今回、私は大きいやつがほしい。量販店でも構わないが、せっかくなら街の老舗で購いたい気持ちが強く、暇があれば丸眼鏡を探して歩き回っている。数年前に私の不注意により私にふんのぼられ、くしゃくしゃにひしゃげ折れた眼鏡をきれいに直して下さった祇園の眼鏡屋に久しぶりに足を運ぶ。正確にはその店のあった辺りに。つまり店が見つからなかったのである。
馬鹿の顔をしてスマホなんか見くさって、大汗かいて、きょろついた挙句、うろうろ祇園を右往左往したのだが、店が見つからない上にサイトシーイングの方々が多過ぎて辟易してしまい、また暑さでシャリバテし、その場をすごすご後にした。敗残の背中になおも直射日光がさす。
光を避けて、というわけではないが、次は新京極商店街アーケードの中ほどにある眼鏡屋をのぞく。いい感じの形ではあるが色が違う。
なかなか私の眼鏡にかなう眼鏡がない、とは、なんという嫌な言い草でしょうか。

もう今日はこれくらいにして茶でもしばこうと、河原町三条まで歩いて六曜社。並んでいる。私は数日前、近所の酒場でたまたま隣り合わせになった青年たちの「なんとねえ、喫茶店に並んでるんすよ!私ゃ、愕然としやした!喫茶店なんか並んで入るとこじゃないすよー。ふらっと行って、ふらっと茶をしばくとこじゃんすか!」などという話を耳にしていた。ちなみに私は全然、喫茶店に並ぶし、喫茶店に並んで何が悪いのか、ちゃかちゃか煩い話だなあとそのときは思ったのだが、その青年たちの言が疲れ切った脳髄の芯にえらいダイレクトによぎってしまい、並べなかった。

気を取り直して百万遍まで戻る。出町柳のシアターで映画を観る予定である。
コレクションに入る。四条河原町のリンガーハットで皿うどんを決めたばかりではあるが、スパゲッティが食いたい。本当はにんにくスパゲッティをかましたいが、これから映画を観る以上、居合わせた人たちに迷惑をかけることはできない。ならば、バジリコスパゲッティで決まりである。そこはかとない塩味が嬉しい。あわせてアイス珈琲もしばき、映画館へ向かう。
一時間ほど余裕をもって券を購い、開場時間まで鴨川沿いのベンチで放心する。長閑な時間である。こういうとき、京都に住んでいて良かったなあとあっけらかんと思う。
ホン・サンス監督の『小説家の映画』を観る。淡々と、感傷を、不穏を、些細な感情をつぶさに描いているのに、どこか捉えどころがなく、不思議な映画だった。
シアターを出ると夜である。三角州では花火をしている若者たち。夏は終わりかけていると聞いたけども、本当だろうか。蝉がキーと声を上げ、ばたばたと駅舎の壁にぶつかり続けている。

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