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品品喫茶譚 第108回『名古屋 高岳 届かなかった喫茶ボンボン』

久しぶりに名古屋に用事ができたので、ボンボンに寄ろうと思った。
用事は夕方からだったので、久しぶりに鈍行を乗り継いで名古屋に向かうことにした。
京都、米原、大垣、名古屋。乗り換えは2回。
所要時間は確か三時間くらいだったはずである。平日で空いてそうだし、読みかけの本をひねくっているうちに着くだろう。こういう小旅行は私の最もテンションの上がるスタイルのひとつでもある。
最近はもっぱら時短のことばかり考え、新幹線を使う大甘にたるんだ己の精神を大らかな小旅行で見つめ直すのだ。

京都駅に着き、新快速を待つ。
ここ最近は神戸方面への移動がほとんどだった。反対のホームにいることにささやかな高揚感があった。と書くと、さも優雅な精神で旅が始まったかのような印象を君に与えてしまうかもしれない。しかし実際は少しでも人の並んでいない場所を探すことに躍起になっている。少しでもはよ座りたい。それも窓際の席だったら最高!というかんじで、全くもってさもしく、余裕のない心持ちでいた。
新快速がやってくる。
空いていた。私の少しでも他人より楽をしたいという浅ましい精神を嘲笑うかのように空いていた。
窓際に座る。
さて、早速に本でも開くのがこの小旅行の趣向である。
スマホを取り出す。
SNS。
ずっとSNS。
S.N.S.N.S。
飽きる。
昔の己の文章を読み返す。まあこれは読書と言えないこともない。しかし、自分には甘いのがこういった人間の特徴である。
良い文章だなあ、などと本気で思う。ほくそ笑む。
おい君。嘘と思うなら私の文章を読んでみたまえ。

一ページも本を開かず、粛々と空席を見つけ、スマホをひねくり回しているうちに名古屋に着く。
早速、名古屋駅から桜通線に乗り、高岳を目指す。大分久しぶりだが、身体が覚えている。
出口を忘れる。
階段を上がると強風。
私は最近、強風が嫌いである。髪の毛がハゲ散らかるからである。
ねえ君、私がいつまでもフサフサであるなどという幻想を抱いてはいけない。
見慣れた道を歩く。遥か前方にボンボンの看板が見えてきた。
歌にして何度も歌い、名古屋にライブのあるたびに欠かさず訪れた店。
今日はさらに店内でアイス珈琲をしばいているときに一緒に写せたらと、TANGTANGのボンボンTシャツを着てきた。流石にそれ一枚で入店するのは恥ずかしいと思い、上にシャツを着てはいるが、いつでも脱いで、シャツをすぐ羽織る決意はしてある。
もうすぐだ。一歩一歩、ボンボンが近づく。
私の昔の作詞ノートには、ダニエル・ジョンストンの歌詞を訳したものが走り書きされていたっけ。

「僕はひとりで道を歩いている。でも寂しくなんかない。だって一歩ずつ君に近づいているんだから」

みたいなやつだった。こんなだったっけ。なんかちょっとストーカーの歌みたいだな。と、真偽は分からないけども、とにかく私は寂しくなかった。
もうすぐボンボンだ。
ん?と思った。
駐車場が空いている。ケーキ屋さんのほうはお休みみたいだ。
喫茶店の入口の前までいく。

「臨時休業」

徐にシャツを脱ぐ。
休みでした。てへへ。こんなTシャツまで着てきたのに!あはは。最高に面白いですよ?
というツイートをしようと思った。
のが、いけなかったのだろう。前から二人のカップルが現れ、
「うわ、今日休みだってよ。まじかよ」
と騒ぎ始めた。
写真を撮り、急いでシャツを羽織って、ボンボンを後にする。

ボンボンに入れなかった代わりに途中のデニーズで飯を食った。
ニンニクが強すぎるパスタだった。
これでは夕方からの用事に著しく差し障るだろう。
デニーズを出て、少し先にあるファミマでミントきつめのガムを購った。
それをいっぺんに二個、何度もほおばり続けながら、私は名古屋をさまよった。

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