品品喫茶譚 第74回『東京 下北沢 ザック』
京都から東京へ向かうとき、ぷらっとこだまだと大体、一時間くらい多くかかる。急いでいないときは、ぷらっとこだまがちょうどいいと思うこともたまにある。
こだまはよく停車する。駅に横たわってジーッとしている。その横をひかりとのぞみが勢いよく通過する。通過するたびにこだまの車体はぐらぐら揺れる。
本を読む。うつらうつらする。寝ぼけ眼で確認すると、大概静岡県の何処かの駅である。気長に行こう。とはいえたかだか一時間くらいしか変わらないからあっという間に東京に着いてしまう。
ホテルに荷物を置き、下北沢へ向かう。
ビビビに行くと、店主がたまたま席を外していていなかった。オオゼキですか?と店番をしている奥さんに聞くと、やはりそうだった。店では16日に共演する前野健太さんと自分の音源が交互にかかっている。こういう心遣いが本当に嬉しい。いつか恩返しできる日が来るだろうか。
戻ってきた店主に挨拶し、小野寺伝助『クソみたいな世界で抗うためのパンク的読書』を購って、店を出る。インスタでずっと気になっていた古着屋を目指すが、店への階段をのぼる途中からうっすら見えた店内がもはやオシャレ過ぎて入れなかった。
もさもさ歩き、ザックへ入る。
なんやかやと下北沢に来たら寄ることの多い喫茶店である。店は空いていた。広い席に案内され、アイス珈琲を頼む。隣では女性三人組がしきりに意見を戦わせている。少し冷房が強い気がするが、自分だけかもしれない。隣の三人組が益々ヒートアップしていくのがイヤフォン越しにも分かる。やはり冷房が強い気がする。風邪をひいたのだろうか。アイス珈琲を身体に吸い込むと、さらに寒い気がする。
三人組は席を立ってもまだヒートアップしており、そのままの熱で会計を払い、出ていった。
彼女たちがいなくなると、途端に冷房が気にならなくなった。
外へ出ると、まだまだもわもわした暑さ。
夏が長過ぎる。と、通りすがりの青年がつぶやいた。
ゴウヒデキさんに招待していただいたイベントは近くのビルの3階で行なわれる。
ここはかつて私が何度か出演したこともあるライブハウスの跡地にできた店だ。バンドが解散する数ヶ月前、同世代のバンドのライブに圧倒されたことがあったのもここだった。弾き語りで出演した自分のステージには何の記憶もないが、ほぼ居抜きで使われているスペースには確かに見覚えがあった。半裸で引っ掻き傷まみれで歌っていた歌手も、向かい合い、電子音を響かせ合っていたユニットも、青春パンクのなれの果てみたいなバンドたちも、もうどこにもいない。ギターも持たずに、私はなぜかここにいる。
イベントは楽しかった。短歌はスピードが早い。私は短歌に触れるたび、さて歌はどうしよう?と思う。もちろん歌も短歌もことばを内に、外に投げかける表現ということに違いはないのだから、どちらも作る過程の大変さは同じだろう。しかし短歌は伝達のスピードがとにかく早い。フォークはどう対抗する?
そんなことをむにゃむにゃ考えたり、考えなかったりしながらウーロンハイをちびちび飲んで、座っていた。
イベントには辛酸なめ子さんや枡野浩一さん、サツマカワRPGが出演していて嬉しかった。気持ちが大学時代に戻ったような、いまを心底楽しんでいるような、ことばをむしゃむしゃ堪能する夜だった。
細い通路を抜けて、ひとりエレベーターに滑り込み、外へ出る。
昔、一度だけ何かの打ち上げで行った一階の台湾料理屋の前に若者が立っている。彼の持つタバコの火が横を通過する私の身体ぎりぎりのところで赤く光った。