品品喫茶譚 第102回『京都 翡翠 花の木』
モーニング終了10分前に店に到着し、「まだいけます?」などと、店員さんにたずねる。
もちろんOK。
モーニングの境目にいて、おはようございますとこんにちはの境目を考える。私は10時半だと思っているが、人によっては11時かもしれない。そう思って、10時45分くらいにこんにちはと言ったところ、ああ、おはようございますと返されることがあった。
で。
最近は翡翠で仕事をすることが多い。本もしこたま読む。実家にあったものと同じ柄のソファーは、もはやなくなってしまった実家を思い出すよすがになっている。
私はなぜか翡翠の大きな窓の途切れる辺りの席が好きで、空いていたらそこを選ぶようにしている。のみならず歌にまでしている。こいつに思い出を作られたら歌にされる。なんとこのシンガーソングライターの恐ろしいことよ。因果な商売。
アイス珈琲をおかわりしつつ、ノートパソコンをぽちぽちやる。
窓の外の通りを車が行き交う。これ歌詞にした。隣の席には前の客の残した珈琲カップ。あ、これも歌詞にした。
日が暮れると、また歌詞にした事象が出てきてしまうので、キリのいいところで店を出る。
炎天下を花の木まで歩く。
丸テーブルの席に座り、またアイス珈琲。こいつは本当にアイス珈琲しか飲まないのだろうかと思う。肘掛けに腕をもたせかけて本を読む。数人のおっさんが入れ替わり立ち替わる。
ふと左腕がサワサワして驚いた。まるで猫じゃらしで触られたような。
小さな毛虫だった。こうなると毛虫の行方が気になってどうしようもない。立ったり、座ったり、のぞいたり、キョロついたり。きっとかなり不審なかんじだっただろう。キリのいいところで店を出る。
炎天下を鴨川まで歩く。川は生臭かった。
高校生の頃に購った思い出のリュックを背負った背中が汗で濡れる。修学旅行で京都へ行くことになって急遽購ったリュック。まさか二十年後、この街に住んで、まだ背負うことになるなんて。
家に帰って、CD‐Rを焼く。何年ぶりか分からないが、サブスクにないアルバムをどうしても聴きたくて、パソコンのハードディスクにあるデータをWindows Mediaプレイヤーで。ずっとこんなことばかりしていたのに、うまくできなくて笑う。
ポータブルCDプレイヤーに有線のヘッドフォンをつないで持ち歩く。やることが巻き戻されていくみたいで面白い。考えてみればずっと巻き戻しみたいなことばかりだ。
振り返っては歌にして、あの頃みたいに歌えたらなどと悩んでみたり。笑える。笑わない。