品品喫茶譚 第77回『横浜 野毛カルディ』
新横浜に着いたのは昼近くだった。JR横浜線に乗り換える。横浜線で桜木町を目指すのは大学以来のことかもしれない。
桜木町というと、私の思い入れ深いこと第三位の街である。
大概が親や友達と阿呆のようにショッピングしただけのささやかな思い出だが、一度だけ大学一年生のころ、かの街で私はデートの約束をしたことがあった。特に暗い大学時代初期の華々しいトピックになるはずだったそのデートは、しかし開催されなかった。私は日にちを一週間間違え、実家に帰省してしまい、よりにもよって地元の小学校で親父とのほほんとサッカー遊びなどしていたのである。
すべては終わった。
結局、大切なステディと共に桜木町を訪れるまでそれから数年もの時間を要した。また、それだけに初めてステディと訪れた桜木町の感動は大きくもあり、すべては過程、いまこそが大切、この人とこの日を迎えるために、私はあの日、あの人との約束を反故にし、地元で親父と玉蹴り遊びに呆けたのだと思った。
デートにはそれだけ時間がかかったにも関わらず、阿呆の地元友達とはほぼ毎週のようにショッピングのために桜木町を訪ね、ランドマークタワー、ワールドポーターズは行きつけ、赤レンガ倉庫はまだなかったが、コスモワールドの夜景を横目に馬車道を歩くのだった。
今回は代官山でライブがあるため、東横線沿いに泊まれる。そう考えての桜木町行きとなった。もちろん淡い思い出といまの街の現実をみ、あえて嘆き、感傷に浸る旅でもある。
が、いざ予約したホテルは野毛であった。私は港のほうは行きまくりだったが、野毛は全く行ったことがない。しかし、これは好機でもある。
横浜山の手の喫茶店を攻めよう。ホテルに荷物を預けて、街へ出る。
一軒目はカルディ。
あなたが想像しているあのカルディではもちろんない。
縦長の店内に入ると、数名の老人、奥にはなぜかモーニングを前にして寝落ちしている男がいた。
横顔が確かに誰かに似ている。もちろんその誰かがここにいる可能性は低いので、他人の空似だろう。しかし、本人である可能性もゼロではない。起きたらどうしよう。そもそも本人っていうけど、男は一体誰に似ているのか、確かに誰かに似ているが分からない。
カルディは店のかんじとは裏腹に最初にカウンターで注文し、食べ終わった食器を返却口に持っていくというセルフサービススタイルであった。
昨晩相当にハードな酒だったのか、朝早くから頓死、いや寝落ちした誰か似の男の横でささやかなモーニングを食べ、店を出る。
野毛の飲み屋街を関内方面に歩く。
伊勢佐木町である。
もちろんここは大学まで自分が傾倒していたフォークデュオの聖地。感慨深さしかない。しかし時間は流れた。私は開いたばかりのブックオフに突入し、文庫110円棚を流し見すると、颯爽と次の店へ向かった。
二軒目の喫茶店に入る。
誰も私の席に近寄ってこない。
私は自分が透明になったような気がしてジリジリした。
二郎に並ぶ列が見える。近くにはミニシアターもあるらしい。
しかし横浜ってえのは、やはり街が潮の匂いに満ちている気がするねえ。
続く。