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品品喫茶譚 第114回『阿佐ヶ谷 エル』

先週東京2days。下北沢古書ビビビでの独演会、往来堂書店での南陀楼綾繁さんとのイベントを終え、次の日はオフであった。
昼前に宿を出て、阿佐ヶ谷へ向かう。ちょうど、かの街で豊田道倫さんのライブがあり、夜には高円寺で用事を済ます予定だった。
パールセンター商店街に着いて『エル』に向かう。
ここは何回か訪うたことのある店で、二階の窓側の席からアーケードが見渡せる。土曜日だったこともあり、一時間程度の滞在をお願いされ、もちろん快諾する。あっという間に冷え込みの激しくなった街と無茶苦茶な自律神経の乱れとともにホット珈琲。なんとなし街には年末感すら漂い始めており、人の波は慌しい。しかし長過ぎた夏を引きずったまま、まだ半ズボンを履いている者もいたりして、どこか混沌としている。エルの店内は静かだ。私の他には、にちゃにちゃ電話するじいさんがひとり。首をゆたゆた振ることで人にリラックス効果を与えるシロ(クレヨンしんちゃんに出てくる)の置き物がテーブルの上で揺れている。
持ってきた本を軽く小突きまわしたり、スマホを三本の指でもって化鳥のごとく連打しているうちにあっという間に一時間。
私もアーケードの人になる。階段を降りると出口のちょうど真ん中で子どもが珍妙なダンスを踊っていた。その周りで親や親類であろう大人たち数人がやんややんやと盛り上がっている。出られない。ゆっくり進むと、その内の一人が私が降りてきたことに気づき、まるで後ろから幽霊でも現れたかのように、子どもにやんわり私の来訪を伝える。顔面蒼白。身内以外には見せることのない、少年の儚いダンスは終わった。
アーケードをいく。何処にでもあるようなチェーン店のカッフェは列ができている。変な水を街頭販売する男がニヤニヤしながら近づいてきた。
ダウンジャケット、モッズコート、マフラーに毛糸の帽子。中国の仮面が次々と変わっていく舞踏みたいに季節があっという間に変わっていく。
私たちはあちー、とか、さみー、とか言いながら暮らしていくしかないわけだ。
阿佐ヶ谷タバサに向かう。最初から立って歌うことを想定していないような天井の低いステージに椅子とギター、譜面台。少し喉の調子が悪かったので、カウンターでグリーンティーを所望し、一番奥の隅の席に座る。段々、人が集まりだし、おもむろに豊田さんがステージに上がる。軽妙洒脱なライブだった。MCが軽やかなのも好きだ。歌の羅列ではなく、いびつでも、間が悪くても、その人がそこにいるという確かな実感があるライブにこそまた来たくなる。
体調を考え、当初の予定を取りやめて帰路へつく。
ギターを背負ってトランクひいて、京都へ帰る。シンガーって良いね。

無心で登れ。二階への階段を。

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