進撃の巨人〜乳がん手術後はじめてのお風呂〜
2019年10月26日
乳がん手術をすると、胸にたまった浸出液などを排出するために胸に管(ドレーン)がついたままになる。ドレーンを通して出てくる排出液は最初は真っ赤だが少しずつ量も減り、色も黄色っぽくなってくる。
月曜日に手術して、金曜日にドレーンを抜いた。そして土曜日に初めてシャワーを浴びた。
両方の胸元には大きな傷痕。手術の次の日から毎日3回は「ちょっと傷見せてくださいね」って、看護師さんが胸帯を開いてガーゼをとって見るものだから、私も頭をちょっと下げて何度も眺めていた。
いろんな切り方があるのだと思うけれど、私の場合は腋の横5センチくらいのところから、真ん中に向かって軽い放物線を描きながら15センチくらいの傷になっている。両側全摘なので、まぁ、それが左右対照に二本入っているわけだ。
今は3センチくらいの長さの細いテープが十数本、長い傷に沿って垂直にきれいに並んで貼ってある。これは自然にとれるまでこうしておくらしい。「シャワー浴びたり、生活していたりすれば自然にとれるから、このままでね」。で、とれた頃には傷はちゃんとくっついているらしい。組織生検をした時にも傷口にこういうテープを貼ってもらったが、確かにこのテープちょっとやそっとじゃ剥がれない。
手術の夜まで痛み止めの点滴があって、次の日は痛みの予防のために夜だけロキソニン飲んで、実はもうそれ以降は痛み止めもなし!こんなに大きな傷があるのに、3日目には痛くない。なんだそれ?って感じ。ただずっと痺れていて、今も胸や腋を触っても感覚があまりない。こんなに大きな傷をして痛くないって、人間の身体の機能なの?・・・「わたしの知らない世界」だな。
で、手術以来はじめてのお風呂。手術前に一度お風呂に入ったから知っていたけれど、お風呂場の洗い場前には大きな鏡があるんだよね。
見たくないなぁ〜。でも見えちゃうだろうなぁ〜。
脱衣所に入ってパジャマを脱ぐ。横を向いて扉が開いたままのお風呂場をふと見ると、もうイヤでも大きな鏡に私の姿が映るんだな。横向きに立って首だけ動かしたから、横からの姿が目に入った。
「進撃の巨人みたいだな」
胸板が肋骨のラインそのまままっすぐでぺたんとして、お腹がぽこんと出ている。今まではおっぱいがあったから、お腹がぽこんでもそれなりにバランスがとれていたように思うが(あくまで主観)、胸が薄くてお腹が出ているのはあまりにもバランスが悪い。
もう見てしまったから仕方がない。前向きになってみる。
きれいにぺたん、っていうわけじゃないんだな。傷口の上のあたりは腋の肉が盛り上がったようにふくらんで、ところどころまっすぐだったり、あるいはちょっと凹んでいたりする。
この時にはじめて「過酷」っていう文字が頭に浮かんできた。がんがわかってもなんとなくのほほんとしてきたけれど、リアルな姿はやっぱりキツい。
いま乳がん手術では、乳房温存手術、いわゆる部分切除という手術が主流で、いわゆる全摘は3割弱。そのうちほとんどが片胸でしょうから、再発・転移などではなく、初回手術から両胸全摘って・・・。同時性原発性両側性乳がんは(両胸は違うタイプのがんだったので転移ではなく原発であり、ほぼ同時に違うものができたということ)私が調べた論文によると、乳がんの約1%。
シャワーの後、部屋に戻ったらちょっと泣けてきたから、こっそりタオルで顔を隠した。ほんとは、夫と娘の前ならばちょっと泣いてもいいかな、と思った。ひとりで泣けば落ち込むけれど、ふたりがいてくれればちょっと泣いても立ち直れる気がしたから。
でもさ、ふたりはスマホやらなんやらで忙しそうで、だって私は平気な顔してシャワー室に行ったわけだし、そんな私がメソメソしてるのもめんどくさいだろうと思って、泣いていることに気づかれないように黙っているようにした。
腕が上まで上がらないので、長い髪を娘にドライヤーで乾かしてもらう。
「ちょっと髪が多いなぁ、長いし、全然乾かんじゃん」と娘が愚痴をいう。その時にふと気づいた。そうか、この髪も抗がん剤でなくなっちゃうんだ。
47歳の時に子宮筋腫で子宮全摘しているし、今回おっぱいふたつ、女性としての記号を無くしちゃったなと思っていたけれど、長く伸ばした髪もあと1ヶ月もすれば抗がん剤に持って行かれちゃうんだ。
あぁ、全部なくなっちゃうんだなぁ。
娘がかけてくれるドライヤーの音を聞きながら、下を向いて、黙って、そんなことを考えた。
でもね「過酷な体験」って、っていう名前を貼ってしまうと「過酷」な体験になる。そんな悲劇のヒロインになってても、誰も助けてくれないからなぁ。「新しい」とか「考えてもみなかった」とか「当事者の」とか、違う名前にすればそれは違う体験となる。
そう、どんな名前をつけるかは私の自由なんだよね。がんになってから、涙が出たのは今日で2回目。泣くのはもう、これで最後でいいや。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?