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6月号座談会「社会課題とデザイン」 (前編)

今月のテーマは、社会課題とデザインです。日本でも議論されるようになって久しい、社会的な問題を解決するためのデザインについて考えます。

キーワード:コミュニティデザイン、ソーシャルデザイン、インクルーシブデザイン、ソーシャルイノベーション、デザインプロセス、Design X、サービスデザイン

まず問題を見出す──『世界を変えるデザイン』

太田:今月号のテーマは「社会課題とデザイン」です。このテーマ設定には、ローカルやコミュニティ、ソーシャル、インクルーシブといった言葉たちをまとめて扱いたい、という目的があります。事例としては例えば、都市部/地方部問わずどこかしらの地域に入り、何かしらのものを作って活動しているようなものを取り上げていきます。

瀬下:「〜デザイン」という言い方がたくさんあるけれど、社会課題に関するものはとりわけ多いですよね。どこから話そうか?

太田:まず端緒として『世界を変えるデザイン』(2007/2009)について考えたいと思います。『世界を変えるデザイン』は、デザイン行為によって社会課題に取り組んでいくという姿勢を世の中に広めた書籍として挙げてよいかと思います。

具体的に本に出てくるものを紹介すると、「Qドラム」(1993)があります。Qドラムは人体に負担を強いずに水を運搬するためのプロダクトです。ドーナツ形状を持ったプラスティック容器であり、ここには最大50リットルの水が入ります。ドーナツの中心部はロープを通す穴となり、コロコロと曳いて運べます。

世界の何百万もの人々、特にアフリカ地方に住む人々は安心できる、きれいな水源から何キロも離れたところに住んでいるため、コレラ、赤痢など水が媒介する病気にかかりやすい。開発途上地域の女性や子供が水の入った思い容器を、たいていは頭の上に乗せて運んでいる写真は、誰でも見たことがあるだろう。こうした労働は例外なく、首や背骨におおくの障害を引き起します。
https://www.design-management.net/archives22-640.html

瀬下:『世界を変えるデザイン』については、原題が示唆的だと思う。「Design for the other 90%」すなわち「その他90%のためのデザイン」かな。社会課題を抱えている国や地域にNGOのように入っていって、その地の水問題やエネルギー、医療に取り組んでいくっていう。

太田:じつはこれの関連展示はニューヨークの国連本部にも巡回した経緯があり、そのような捉え方はもっともだと思います。補足としてこの本の成り立ちを話すと、そもそもはクーパー・ヒューイット(Cooper Hewitt)というデザインのミュージアムで行われた展示がもとになっています。原書が2007年、邦訳が2009年にそれぞれ刊行されました。日本でも2010年に展覧会が催され、東京・神戸の各地に巡回し、大きなインパクトを持ちました。

「社会課題×デザイン」のパラダイム──『生きのびるためのデザイン』

瀬下:参考文献にはヴィクター・パパネック『生きのびるためのデザイン』が入っているよね。

太田:その文脈も重要です。パパネックの本は1971年に刊行され、大量生産・消費を前提とするメインストリームのデザインに対する警鐘を鳴らした。そして生態学や環境志向に基づくデザインのあり方を提案しました。これを踏まえた『世界を変えるデザイン』はまさに、主流から外れた「その他90%」のためのデザイン事例集を謳ったわけです。

瀬下:いまでは「デザイン」と言ったとき、いわゆるモノのかたちをつくりだす行為以外のことを思い浮かべることは全然おかしくない。むしろ自然なことになってますね。

太田:そうですね。現在のぼくたちはそのパラダイムで思考している気がします。つまり、デザインが解くべき問題は社会課題だ、というパラダイムをデザインの世界に強く印象付けたのが『世界を変えるデザイン』だったんじゃないかと思います。

瀬下:日本では、いつからこういう感じになったのかなあと思ってちょっと調べてみました。Googleで「コミュニティ」や「ソーシャル」といった言葉と「デザイン」を組み合わせて検索し、期間を区切ったりトレンド検索したりいろいろやってみたんだけど、2012年という年が重要なんじゃないかという感じがした。

2012年には、朝日出版社・英治出版・学芸出版社・春秋社・晶文社・羽鳥書店・フィルムアート社が共同で企画し、「コミュニティデザイン」の山崎亮さん・「ソーシャルデザイン」の筧裕介さん・グリーンズの兼松佳宏さんの3人が選書した「デザインの力で、新しい未来をつくる!!」ソーシャルデザインフェアという書店フェアがあって、関連書籍もこの前後にたくさん刊行されている。兼松さんは復刊したパパネックの本も紹介してたよ。

いまでは書棚の名前にも、ふつうに「ソーシャルデザイン」や「コミュニティデザイン」って言葉が使われるけれど、この頃は「話題の言葉」みたいな扱いを受けている感じ。

太田:なるほどね。デザインの有効性や社会課題に取り組むことの“クールさ”が広まってきてからは、幾多の“手法本”が出版されていったように思います。『ビジネスモデル・ジェネレーション』や『リサーチデザイン、新・100の法則』、『101デザインメソッド』などです。

2010年代の前半には、ノンデザイナーのクリエイティブ職の人たちが、ここに載っているデザインリサーチやデザイン思考の手法を盛んに取り入れ、ビジネスに使い始めた印象があるんです。

瀬下:スタンフォード大学のd.schoolやIDEOを中心とするデザイン思考の人たちは、問題に取り組むためのツールキットを開発し、手法を整備することに注力していましたね。最近は「IDEO U」というオンライン講座もスタートしており、さらなる展開を見せています。

太田:デザイン思考と同じく体系的に手法をまとめていた点で、サービスデザインの動きも見過ごせません。2013年に邦訳が出た『This is Service Design Thinking』(2010/2013)というのが代表的な教科書ですね。

瀬下:より最近の事例では、なにかおもしろいものありますか?

太田:カンボジアの人を貧血から守る鉄製の魚、「Lucky Iron Fish」というプロダクトが浮かびました。これは直接的に『世界を変えるデザイン』と関係しているわけではないにせよ、すごくそのマインドを感じます。ワイアードに取り上げられていたから引用しますね。

Lucky Iron Fishは、飲み込むのではなく、沸騰した鍋に10分間入れて使用する。カンボジアでは、Lucky Iron Fishを使用し始めるまで、人口の約半数が鉄欠乏による貧血で苦しんでいたが、これによって摂取する鉄分を増やすことができた。

https://wired.jp/2015/07/04/lucky-iron-fish/

カンヌライオンズ(広告賞)でプロダクト部門のグランプリを獲ったのが2015年のことです──という意味ではちょっと古かったか……(笑)。でも、ほとんど「デザイン」していないようなミニマリズムに加えて、場所性に根ざした社会課題の設定とその解き方(現地固有のシンボルの流用)って点ですごくエレガントだと思ったので挙げました。

地域に根付かせることの重要性──『インクルーシブデザインという発想』

太田:「その他90%のためのデザイン」と近しい思想のもとでローカルなデザインに取り組んでいるジュリア・カセムさんの事例を取り上げたいと思います。彼女は、「排除しないプロセス」を唱えるインクルーシブ・デザインという方法論の第一人者であると共に、旧ユーゴ諸国をフィールドとして長らく地域で活動されている方です。

「私〔カセム〕は知的障がいを持つ子どもを対象に、絵画教室を開きました。そして子どもたちが描いた絵をもとに、専門のデザイナーが図案やパターン、カラーパレットを制作し、それらを使ってテキスタイルの商品に仕上げました。グラフィックの典型的なデザインプロセスを、子どもたちと一緒に行ったのです。重要なのは、原画の“魂”を消してしまわないこと。プロジェクト自体のロゴも、そうしてでき上がりました。他にも、家具工場と協力して新たな商品をデザインしました。ポジェガ〔活動地域の街〕は木工産業が根強い土地なのです。たくさん余っていたオーク材の屑をもらい受け、グッズをつくりました」

出典:「インクルーシブデザインが主導する『シナリオの革新』」『AXIS』199号、2019年/〔〕内は引用者

地域を巻き込み、また自ら地域に巻き込まれながら包摂的(インクルーシブ)なプロセスを作って活動するデザイナー像が、ここにはあります。

瀬下:ぼくたち自身が似た領域で仕事をしているからちょっと語りづらいのだけど、地域や市民を巻き込むとか言っておきながら実際にはいわゆる既存のデザインプロセスと変わらず、ちょっとワークショップやってなにかつくって納品しておしまい……というような事例もあるよね気をつけないといかんなと思います、自戒を込めて。

太田:じつは、ぼくがカセムさんを取材したときもそういう話が出てきました。デザイナーに対する警鐘を鳴らすように「地域型のプロジェクトを、打ち上げ花火のように一発で終わるものにしてはなりません」という趣旨のことを話していた。これって、とても重要なことだと思います。

先ほど紹介したプロジェクトは、カセムさんとその仲間が地域を去った後にも、彼女たちが立ち上げたプロセスと仕組みは自走しており、地域に根づいていっています。

瀬下:すごい。口で言うのは簡単だけど、実際にやるのは正直難しいからね。今月号のインタビューでゲストになっていただいた浅野翔さんともこういう議論をしたけれど。

太田:浅野さんは「デザインリサーチによる社会包摂の実現」を理念に掲げて地域に取り組んでおられる。話を伺って、浅野さんの活動はまさにインクルーシブ・デザインの実践だと思いました。詳しくは音源のほうを皆さんに聴いていただきたいですね。

(後編に続く)

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