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Fictional World, Functional Life _6

澱みを吐き出すように流れでた言葉たちは、役目を終えた恒星のように、ようようとその輝きを失っていく。内包していた意味も、つながりも、境界線を曖昧にして、漠然としたぼくらの意識から消えていく。響きの余韻だけを残して。
粒子をこすり合わせたような波の音と、不自然なほどに皮膚感覚の意識上に上らない風の音が、失われた言葉の代わりにと言わんばかりに耳に入ってくる。静寂というには些かのわずらわしさを感じる。

仮初の、虚構の世界が奏でる、練り上げられた末に零れ落ちる垢のような情報群に、なんとはなしに意識を向けている。そしてまた彼女もまた、そんな静寂とは言えない小さなノイズたちに、何かを思い出すような、何かを思い憂うようような目を向けている。

彼女がぼくの言葉を飲み下せたかはわからないが、過熱した思考は緩やかに温度を下げて平時の落ち着きを見せていた。

「皮肉、みたいですね。」

ぽつり、と彼女はこぼす。ともすれば環境音に紛れ込んでしまいそうな小さなつぶやきだったが、その雫のようなつぶやきは不思議とすーっと脳内に響いた気がした。

「というと?」

短い質問の相槌を打ち、彼女の方に目を向ける。彼女は変わらず、静かに何かを憂うように海の方を眺めている。以前の彼女からは想像し難い、ぼーっとして判然としない様子に、顔には出さなかったが少なくない驚きを感じ、横顔をまじまじと見つめてしまう。やがて彼女はぼくの不躾ともいえる視線に気づき、目線だけこちらに向ける。見透かされているような目に、一瞬だけ息が止まるような動揺を感じたが、それを隠すように目線で先を促す。

「先生の言ったこと、全部を分かったわけじゃないんですけど。私には人が動物と違うということ自体が錯覚だと仰っているように聞こえたので。」

柄にもなく物思いに耽っていた、そういうことなのだろうか。先ほどの話の意図にそういったニュアンスを含ませていた訳ではなかったが、同時にその意見はぼくに馴染む考え方だった。

「うーん、まぁ間違いじゃないかな。というか…」

「定量できない?」

ぼくの言葉に先んじて、彼女が続きを奪った。先ほどの憂いと、したり顔の笑みが混じりあって、晩冬に季節を間違えて花開いた桜のような微笑をこちらに向けてくる。つられてぼくも、やられたなんて顔を控えめに浮かべながら頬を緩める。

「そうそれ。」

お互いの感情を確かめ合うような、先ほどとは異なる心地よく弛緩した空気が彼女との間にあるような気がした。力が抜けたリラックスした雰囲気の中で、彼女の先ほどの言葉を珍しく真剣に考えてみようと思いついて、続く言葉を口にする。

「そもそもね、自殺をするのが人だけの特権だなんて思われているけれど、
さっきのぼくの解釈だとそんなことはないんだよ。」

「人の他に自殺をする動物なんていましたっけ?」

彼女は微笑みながら、わざととぼけたように続きを促してくれる。

「例えばね、アフリカの今は穀倉工業地帯のあたりの砂漠には、トビネズミ科の小さなねずみが生息していたんだけど、彼らを採取してケージ内で飼育していると、幾日かで死んでしまうなんてことがあったんだ。」

「何が原因だったんですか?」

ぼくは少し大げさに肩をすくめながら答える。

「過食さ。」

このあたりのことは厳密にはぼくの専門外ではあるが、大局的に言えば専門の内のこと。大昔の論文を探しているときに偶々目についた記事に書いてあったことだ。なぜかはわからないが、人間みたいだと、そんな奇異な感想を抱いたのを覚えている。

「それは自殺なんですか?」

「ああ、死に至る行動を自ら取っている、という一点でね。」

彼女にぼくが言う自殺の感覚はやはり少し馴染めない様子で、柔らかにではあるが、少しだけ釈然としないような表情を浮かべている。この話題以前よりはギャップは少なくなっていると思うが、やはりぼくと彼女の自死という概念には未だ溝があるようだ。

「そういった事例は他にもある。」

以前に暇つぶしで読んだ子供向けの科学誌の内容を記憶から引き出しながら話を続ける。

「これはまあ、有名な話かもしれないけれど、針金虫に寄生されたカマキリは成虫になると、泳げないにも関わらず川なんかの水辺に飛び込んで死んでしまうらしい。」

彼女もこの話は知っていたみたいで、くすりと小さく笑いながらぼくに言葉を返す。

「それは針金虫のせいでしょ?」

「だから自殺じゃないと?」

「そうじゃないんですか?」

彼女の意見はおおよそ一般的なものなのだろう。この現象は多くの著書で奇妙な片依存関係という言葉で片付けられている。片依存とは長期的な捕食行為でこれはその代表的なエピソードである、と。その意味にぼくはいつも疑問を覚える。

「じゃあ聞くけど、人が自殺するのに他者の影響は介在しないってこと?」

ぼくの常の疑問の一端に触れて、彼女もその矛盾とまでは言えない捻れにわずかに考え込む。

「そう、それはきっと違う。人が自死を選ぶとき、自殺に至らしめる他者、もしくは環境が必ず存在するはずだ。生物というのは根本的に、生きることを強く強制されているからね。」

生物の遺伝子選択は、”生存”によってその多くがふるいにかけられてきた。”生存”の優劣という絶対的な価値基準を以てして判断されてきた以上、遺伝子の機能が成熟されるほどに”生存”を運命づけられていく。自由に生きるなんて題目があるが、生きることそれ自体は長い年月をかけて緻密に義務付けられてきた呪いだ。時がたてばたつほどにその呪いは強度を増すとすれば、その呪いを打ち破る自壊的な方法は、果たして内側に残っていくものだろうか。

「だからぼくはその生物の生存本能の苛烈さに相対していつも思うんだ。」

「それは、自殺の引き金を引く何かは、カマキリのお腹に潜む針金虫と何が違うんだろうって。」


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