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Fictional World, Functional Life _2

「人の意識ですか?」

彼女は微笑むことに飽きたのか、わずかな驚きと困惑をきれいに織り交ぜたような声音で、同じ言葉を返してくる。
あるいは、ぼくの思考過程がすっぽり抜け落ちた結論に対するクーリングオフみたいなものかもしれない。対価をもらっているわけではないので返品に応じる謂れはないが。

「そう、意識。認識、思考と言い換えてもいいかもしれない。ところでこれらの違いってわかる?」

相好が崩れる。どうやらぼくが相手の理解を問わず話を進めることに対して呆れつつも、すぐに諦めがついたようだ。苦笑いを止め、何も言わないまま斜め下をぼんやりと見つめ始める彼女に対して、切り替えが早いなぁ、なんて他人事のように思っていた。

「ぱっとは思いつきませんね。」

浅く腰かけていた椅子にゆっくり体重を預けて、緊張を仰ぎたてないように体を弛緩させながら彼女は言った。

「ぼんやりと使っていたのですね。」

「そういうものだと思うよ。」

「では先生はこれらの問いの答えをお持ちで?」

「うん。」

彼女に倣って椅子に体重を預け、空を仰ぎ見る。何で出来ているか分からない灰色の椅子からは、なぜか晩夏のにおいがした。

「これらはね、全て単一のシステムのプロセスを細分化しただけなんだよ。だから全て意識と言えるし認識と言えるし、思考とも言える。」

首を背もたれに預けたまま、ちらと下目に彼女の方を覗くと、さき程引っ込めた苦笑いが意図せずにあらわになったような様子だった。

「3つの言葉の違いを聞かれたのに違いはないとおっしゃるのですね?」

ぼくは心の内からわずかに浮かんでくる嬉しさを悟られまいと、取り繕ったように空を眺める。故意的な恨めしさが籠った彼女の質問を装った皮肉を、あえて気づかなかったふりをしながら答えた。

「そうだね。強いて違いを挙げるなら対象の状態の違いじゃないかな?」

彼女は黙ってこちらを見つめたままだ。
故意的とはいえ彼女のぼくに対するわずかしかない信頼感の暴落を放っておけなくなって、顔を起こし肩をすくめる。彼女から向けられる感情を受け止めた、というジェスチャーをしながら続けた。

「意識されている、認識されてる、思考されてる対象というのはそれぞれの対象である時の状態が違う。
生クリームを泡立てるときさ、最初は水っぽいけど泡立てたり、砂糖を入れたりするとふわふわとかもったりとかしてくるだろ?
でもどの状態でも生クリームは生クリームだし、生クリームと言えば伝わるじゃないか。」

「はぁ」

すっぽりと感情が抜け落ちたような相槌。どうやら、ぼくへの信頼度の暴落は打ち止めになったらしいが、今度は知性を疑われているようだ。わからないを隠そうともしない彼女の態度、知性の有無を言外に問われるぼく。現状に似つかわしくない懐かしさが、ふとこみあげてくる。

あの頃のぼくは他人が理解できないことを不思議にも思わなかった。

薄目を開けて何があるでもない虚空を眺める。
風が、波が、光が、ここにあって、どこにもないと思えるように、ここには色が付けられていない。そんな錯覚に身を委ねそうになる中、彼女の声だけがぼくに響いてくる。

「でもそういった状態の違いが明確にあるから言葉として定義されているわけでしょう?」

どうやら抜け落ちた感情は彼女のもとに無事届けられたらしい。ぼくを現状に引き戻した問いかけに、体を起こしながら答える。

「まぁ、明確かはさておきそうだね。」

「なら全てが同じというのは変じゃ無いですか?」

「そうだね。まぁ、変だね。」

「?」

問答を重ねても一向に見えてこない話の道筋に、彼女をして当惑を隠しきれない様子だ。ただ場違いにもぼくはそんな彼女の困惑を好ましく思っていた。それは他者との関わりに対する誠実さの残滓で、美徳ともいえる彼女らしさだとぼくが思っていたから。

「でもね、それらの状態を僕らは定量できない。」

だから彼女に相対して努めて真摯に答えようと思う。

「全部生クリームなんだよ。」


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