#また乾杯しよう 夢に見た父との乾杯、そして和解。

20歳になった頃、不思議な夢を見た。

薄暗い大衆酒場で、父と私がピーナッツ片手にビールを酌み交わしている。

「とりあえず、乾杯!」父が赤ら顔でそう言うと、私は勢いよくグラスを合わせる。

「何なんだ、この光景は?」夢なのか現実なのか、よく分からず面食らっているうちに目が覚めた。

私と父は瓜二つで、一緒に歩いていると、どう見ても親子にしか見えない。

子供の時から居酒屋に出入りしていたから、その理由もあって私は、子供心に結構ヒヤヒヤしていた。

まだ小学生だった私は実に旨そうに酒のつまみを平らげ、勢いよくオレンジジュースを飲み干す。

乾杯はいつもこのオレンジジュースと決めていた小学生の私は、今や誰もが認める下戸となった。

あの夢の意味も分からないままノンアルコール~と名の付いたものを飲む大人になっている。

そんな私にあの日は突然訪れた。

父が30を過ぎた私と少し離れた郊外へ出かけた時のこと。

私は父に色々と話したいことがあった。

とにかく冷え込む日で、これ以上、外を歩くのは辛くなり、近くの大衆酒場へと逃げ込んだ。

薄暗い店内は会社帰りのサラリーマンたちで賑わっていた。

父は迷うことなくビールを頼み「お前もたまには、何か酒でも飲むといい」といってビールを勧める。

私は大の下戸だ。

酔って迷惑を掛けるのは気が引けるので、ノンアルコールビールを注文する。

すると驚いたことにお通しに大量のピーナッツが運ばれてきた。

「これは、20歳の時のあの夢と同じ光景だ!」

香ばしいピーナッツをつまみながら、さも美味そうにビールを飲むごとに上機嫌になる父と生まれて初めて見る正夢さながらに乾杯した。

「試験合格、おめでとう!」父はいつもなら見せないような笑顔でハッキリとそう言った。 

私の長かった受験勉強の終わりは、この乾杯で締めくくられた。

今、父と乾杯する事はなくなってしまったけれど、またいつかあの日のように、ご機嫌な乾杯を交わしたい。

それがどんな形であれ、2人の和解になるよう私はひたすら前だけを見て突き進んでいる。

父とは正反対の生き方をえらび、親戚から冷たい視線を浴びようと私は自由にしたいことして生きると決めたのだ。

あの試験勉強は今となっては、何のためだったのか分からなくなることもある。

ただ一つ言えることは、あの苦境を抜け出すための方便だったという事だ。

親の望む生き方と私の望む生き方はが全く別物である事を私はあの乾杯の日に肌で感じた。

しかし、あの乾杯があったからこそ、今の私の生き方はあらかじめ方向を見出すことになった。

父はこんな私を疎ましく思うこともあるだろう。

ただ、この生き方の中で成功を掴めば、その思いも少しは晴れるかもしれない。

きっと、それが、本当の父と私との和解になるだろう。

「とりあえず乾杯!」そんなふうに互いの労をねぎらう日が1日も早くも訪れるよう、私は確かな歩みを進めている。


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セラヴィー
穂波せら(Serra Honami) 画家・俳優・映画コンシェルジュ・ライター。 自由と猫を愛するスナフキン似の人。座右の銘は「押してダメなら引いてみよ」