祈る人
ふたりの特別な人物の話。
10月末に私は死を選択し、深夜に和歌山の或る岬までバイクを走らせて、手持ちのワイパックス0.3錠を全て飲んだあとで手足を縛り、海に身を投げたのだという。
脱ぎ捨てられた衣服と散らばっていた私物で何らかの事件を疑われて、通報されたことが発見に繋がったようだ。発見時の私はこの状態で仰向けで海中に浮かんでいたとのことだ。グッドスイマーは水中で寝ても溺れない、と昔いわれたことがあるが、それを立証してしまった。
溺死は免れたが、半裸で飛び込んで身体が極度に冷えきっていた。数時間もすれば凍死の線で発見されていたのだろう。今考えれば恐ろしくて身体が震える。胃洗浄を含めた救命処置を経て、夜遅くに和歌山の病室で意識を取り戻した。
身元確認の際に免許証や保険証、スマホを確認した。スマホには幾つかの着信履歴と通知があった。
nyun:祈っている
同じ人物の同じ言葉のリンクを貼って、親友のヘッドホンから添えられた言葉。
(実名):僕もついてる
意思とは関係なく涙が溢れてきた。
私は泣きたかったのだ。悲しみたいし泣きたかった。それなのに何も感じなくなってしまった。心が死んでいるのなら身体の生に意味がない、そう思っての行動だった。たったひと言だけの二人の言葉が、心に息を吹きかえらせてくれた。この涙はそういうことなんだろう。真っ暗な病室でひたすら嗚咽した。
流れ出る感情を流しきらないうちに、nyun氏に連絡を取った。
その前に。nyun氏について触れると、この人は私の想像も及ばない知識があり、tweetやブログに書かれてる内容は半分も理解出来ない。最初は、ただ、言葉のセンスがアーティスティックだということしか分からなかった。
このnyun氏と会ったことのある友人から
「私と違ってあなたと彼は相性が良いはずだ。是非会うことをお勧めする」と何度か勧められ、それに対して、前述した親友であるヘッドホンが「それは僕も思っていた。あなたと話してるとたまにnyunさんと被るんだ」と強く賛同したことから対面が実現し、お会いしている。
実際のnyun氏は「とても楽しそうによく笑う、無邪気な人」という印象で、ポジティブな感情をストレートに出す人だった。色んな話をしたが、一緒に過ごしているととても心地好い人だ。そして、思考も行動も何のしがらみにも囚われていない、自由さを感じた。
連絡を取った後、すぐに返信が来た。
状況だけを訊ねて「辛かっただろう」とだけ返信があり、それでまた涙が止まらなくなった。この人のひと言ひと言から、感情を少しずつ取り戻していくようだった。
長い間、話を傾聴してくれた後。
「あとはヘッドホンに任せよう」
nyun氏はそう言って、一旦話を終えた。
ヘッドホン。先にも述べているように彼は私の親愛なる人物で、単なる友人とも言い難い数奇な縁の人だ。割とよく会って話をしている。
彼には最初は「指先が綺麗な研究者」という印象を抱いた。知りあった当初は斜に構えたような、そんなところがあったはずなのだが、今はのんびりとした無邪気な面が強くなり、ポジティブな感情を表に出すようになっている。そのせいか前よりもずっと人間味が増した気がする。
彼には、よくまとまらない考えを統合するときに話をしたり、経済学を教えてもらったり、今は神学や哲学を学ぶのに師事している。
住まいが離れてるので毎回とはいかないけれど、対面してるときに泣いたり、怒ったり、笑ったりとそのままの感情表現を受け入れてくれる、心を許せる数少ない人物だ。彼は今回も私の取り散らかって錯乱した話を黙って傾聴して、ずっと寄り添って付き合ってくれた。
二人の大きな共通点はMMTという異端の経済学を研究していることだ。
目の前にいる苦しんでる人を助ける、ということを当たり前のこととして実行する。MMTの有言実行の人達なのだと思ってる。幾ら頭で知識で理解していても行動に移せないのなら、今の主流派経済学の学者や評論家と同じだ。それはMMTに限ったことではない。
困ってる人、苦しんでる人が求める助けはほんの小さなひと言だったり、話を聴いてくれることだったり、泣くときに胸を貸してくれることだったり、立ち上がるときに手や肩を貸してくれることだったりと、大きなことを求めたりはしていないものなのだ。
ましてや貨幣など生死の岐路に立たされた人間には何の役にも立たない。
その小さなことすら声を出して助けとして求めても
自己責任論や自立を呼びかけられて拒絶されるのが今の世の中なのだ。その今の世の「当たり前」に真っ向から反発するところに異端の経済学があるのではないか。少なくとも私はそう思ってる。
彼らの「当たり前」が異端であって、困ってる人がいても誰か自分以外の人が助ければいい、という考えが主流となってる世の中に希望を見つけ出すためには、皆が傍観者で今の主流となってしまってはいけない。
暗闇に包まれた病室で朧気に考えていた。
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