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◇好評連載【心理学の問題 連載31】 小さいころの苦労

二つに分けられる幼少期の辛い体験

 先月号まで、アダルトチルドレンについて述べて来た。幼少時に受けた傷が、生涯にわたって自分を苦しめる例は多い。幸せな幼少時代を過ごした人なら、何も気にしないような些細(ささい)な出来事も、そのような人には苦しみを与えることが多い。

 幼少時の辛(つら)い体験がその後の人生に与える影響について、きちんと測定することは非常に難しいが、多くの人がそのことについて研究している。

 例えば、パーソナリティ障害というジャンルがある。これは、一般的な精神病ではなく、その人の性格の一部であるが、その性格のせいで社会と折り合えなかったり、本人や周囲が非常な生きづらさを感じたりするものである。

 巷(ちまた)で言われるような「メンヘラ」は、パーソナリティ障害、特に境界性パーソナリティ障害のことを指している場合が多い。パーソナリティ障害は、遺伝的影響と環境的影響がほぼ半々であると言われている。

 単発の大きなトラウマよりも、長期的に繰り返された否定的な体験のほうが、パーソナリティ障害の発症に大きな影響を与えると言われている。まさに虐待のように、日常的に繰り返されるトラウマが、後の人生に大きな影響を与えるのである。

 幼少時の辛い体験は、大きく二つに分けられる。一つは身体的、精神的な攻撃を受けて、恐怖や不安を味わう場合であり、もう一つは、放置される場合である。もちろん放置されて不安や恐怖を味わう場合もあるが、ごくごく小さい時から、誰にも関心を持たれずに育った子供は、自分も周囲の世界に関心を持つことをやめてしまう場合が多い。

 そうなると、その後の人生でも、周囲の人間と情緒的な結びつきを得ることが難しくなったり、自分や他人の感情について、理解できなくなってしまう。総じて自閉症的な行動をする場合が多い。酷(ひど)い時は知的障害を発症してしまう場合もある。

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 もう一つの、恐怖や不安を感じ続けながら育った場合、脳の中で常に最高度に警戒態勢が敷かれた状態が普通になってしまう。このようになってしまうと、大脳の発達にも悪影響を与えると言われている。

 このようにして育った人の通常の状態を想像したいなら、迷子になった時の自分の心境を思い浮かべればよい、と言われることがある。

 筆者もそそっかしいので、何回か迷子になったことがあるが、その時の不安感、ピリピリ感、地に足がつかない感じをありありと思い浮かべることができる。そのような精神状態が、いつもの自分であったとしたら、生きている時間の一瞬一瞬が非常に辛いものになってしまうだろう。

 だから、そのような体験をした子が学童期であれば、落ち着いて授業を受けることも難しい。ちょっとしたことで激高して大暴れするか、逆に、些細なことで不安が募り、勉強どころではなくなってしまう。大きくなっても、些細なことで不安感、恐怖感を感じて、何もできなくなってしまうような人も多い。このように、常に不安と恐怖を感じて生きている人が、肉体的な健康を脅かされることは想像に難くない。

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肉体的にも影響する子供時代の逆境

 アメリカで行なわれた「子供時代の逆境(ACE)の研究」というものがある。これは子供時代の逆境を十のジャンルにわけ、数値化している。それよると、ACEが4以上の人は、そうでない人より喫煙率は2倍、アルコール依存症である割合は7倍、がんの診断を受けた割合は2倍となる結果が出ている。

 ACEの数値が6を超える成人は、ゼロの成人に比べて自殺を試みたことのある割合が30倍となる。更に恐ろしいのは、ACE7以上の人は、喫煙や過度の飲酒をせず、太り過ぎているわけでもないのに、虚血性心疾患(アメリカ国内の死因第1位の病気)にかかる可能性が3.6倍も高くなっている。これは正に、長年常に不安と恐怖を感じ続けて来た肉体が、擦り切れ果ててしまった結果と見ることができる。

 このように、幼少時に受けた傷というのは、精神的にも、煙草やアルコールといった嗜好品への依存に関しても、更には純肉体的にも大きな影響を与えるのである。

 よく諺(ことわざ)で、「かわいい子には旅をさせよ」などと言われるが、これは、ある程度大きくなって、自分で問題解決ができるようになってから、その問題解決能力を伸ばすために行なうことで、小さいころに苦労すればよいというものではない。

 筆者も幼少時に苦労をして来た方に多く会って来たが、その方々は、幼少時に苦労されてこなかった方よりも、ずっと日々の苦しみを抱えている方が多かった印象がある。

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