2,3年後のトレンドの兆しを、顧客の変化から掴む方法
「すでに起こった未来」からトレンドを予測する
未来予測について、ドラッカーは「我々にできるのは、すでに起こった出来事の将来的な影響を予測することだけだ」と述べています。
"The best we can hope to do is to anticipate future effects of events which have already irrevocably happened."
出来事の影響が完全に表れるまでにはタイムラグがあるため、人口変化や科学的な知識の発展、他国の産業や市場、産業構造などのマクロ要因の変化(すでに起こった未来)を観察すべきであるということです。こうしたマクロ要因から、直接的にマーケティング戦略や施策を導くのは、はっきり言って難しいです。
ですがこの視点は、トレンド理解において重要な示唆を与えてくれます。マクロ変化の影響は、まず消費者の生活に表れるからです。つまり、消費者の生活で起きている変化を影響の始まりとして捉え、目に見えるトレンドになる前に準備しておくという方向性が見えてくるわけです。
トレンドの兆し=環境の変化+行動の変化+意味の変化
社会経済的な変化が起こると、まず顧客を取り巻く環境が変わります。すると、その環境変化に対応するために、顧客の行動に変化が起こり始めます。しばらくすると、その行動は”新しい当たり前”として人口の大部分に拡がり、定点データなど目に見える形となって表れてきます。それがトレンドです。2021年現在では、ニューノーマルや新しい生活様式などがその過渡期に当たるでしょう。
行動が当たり前になる前に、心理的な変化が起こります。今まで当たり前ではなかった環境変化や行動変化は認知的不協和が伴うため、そうした環境の変化を受け止め、自分なりの解釈や意味づけを行うことで理解する(自分事化する、納得する)フェーズが挟まります。こうした顧客の生活の中ですでに起こっている未来を、「環境の変化+行動の変化+意味の変化」というセットで捉えるのが、トレンド調査の本質です。
顧客の変化から兆しを見つける『EAMCモデル』
顧客理解の文脈では、「環境の変化に伴う新しい顧客の行動や、その行動の意味」をトレンドの兆しと考え、リサーチしていきます。このリサーチは定性的に行う部分と、定量的に行う部分に分かれます。
・定性的:どうしたらトレンドの兆しを見つけることができるか?
・定量的:どうしたら兆しの強度を測定して、投資価値を評価できるか?
まず、トレンドの兆しをN1の顧客理解から見つけていく手法に、EAMC(Environment-Action-Meaning Change)というモデルがあります。
EAMCモデルは、顧客生活におけるミクロな変化からトレンドを捉えるモデルで、「環境の変化が行動の変化を生み、新しい行動には新しい意味が伴う」、「競合に先んじて意味の変化を捉えた価値提案を作れば、新しい環境・行動に適したブランドというポジショニングで、新市場を創ることができる」という考え方をします。
<EAMCモデルの狙い>
・環境の変化が行動の変化を生み、新しい行動には新しい意味が伴う
・競合に先んじて意味の変化を捉えた価値提案を作れば、新しい市場を牽引できる
※EAMCモデルは、私が勤務するコレクシアという会社が開発したフレームワークで、オンラインインタビューやSNSリサーチで作ることができます。
次のモデルは、「リモートワークをするようになって、今までインスタント食品に感じていた罪悪感が無くなった」と感じている消費者の、環境、行動、意味づけの変化をEAMCで表したものです。
モデル左半分のピクトグラムでは、社会経済的な変化が起こる”前”の「顧客にとっての当たり前」が、生活環境の変化に伴いどう変わっていったのかというプロセスが表されています。拡大して見て頂くと分かりますが、左上(今まで)から右下(ゴール)にかけて、主に事実ベースの生活変化が描かれています。
<環境変化の例>
・ライフスペース、シーンの変化
・手段の変化、道具の変化
・時系列、順序の変化
・登場人物、他者の変化
・制限、制約条件の変化
・因果関係の変化
次にモデルの右半分には、環境の変化によって起こった「行動の変化」と「意味の変化」が書かれています。
<行動と意味の変化例>
・ブランドに対する意味づけの変化
・新しい環境や行動の意味
・スキーマ、判断基準の変化
・課題感、障害の変化
・便益競合の変化
・理想の変化
先に述べたように、EAMCモデルは、トレンドの兆しを「顧客の環境の変化+行動の変化+意味の変化」で捉えます。つまり、顧客をリサーチして、こうした変化の組み合わせを見つけ、EAMCモデルに落とし込んでいくわけです。
顧客の不合理性を理解する
上記のEAMCモデルで分析した消費者は、以前からインスタント食品を日常的に利用していたのですが、当時はインスタント食品を食べることに罪悪感を持っていました。しかしリモートワークをするようになって、その罪悪感が消えたそうです。つまり、消費に対する意味づけが変わったわけです。
これをマーケターの視点で見ると、少々不合理な点があります。いわゆる巣ごもり需要の特徴の1つに、体のメンテナンスや筋トレなどの健康志向の高まりが挙げられます。この流れを額面通りに受け取れば、料理にも気を使うはずです。飲食メーカーのマーケターなら、インスタント食品についても野菜を加えるなどのひと手間かけるレシピが、逆に価値提案になるのではないかと考えたくなるところです。
定説:「巣ごもりで健康志向が高まれば、インスタント食品をより健康的に食べる提案が価値になりそう」
逆説:「巣ごもりのリモートワークでは、インスタント食品に健康的な罪悪感は感じない」
しかしEAMCを見て分かるように、この顧客はインスタント食品にひと手間かけることを求めていません。むしろ逆で、元々感じていた罪悪感がリモートワーク下では無くなっています。一見矛盾しているように見えますが、実は用いられるスキーマ(状況を理解・判断するために用いられる基準や経験則)が違うだけで、顧客の中では辻褄が合っているのです。
EAMCモデルを通すと、
家はオフの時間(家では仕事しない)+インスタント食品は食間に隠れて食べるもの(けど楽しみ)=罪悪感がある
という構造から、
仕事や家事を早く終わらせて自分の時間を確保したい+食べ物位好きにしたい(我慢の補填、補償)+低糖質の方を選んだ(免罪符)=罪悪感がない
という構造に変わっていることが読み取れます。こうした消費者の不合理性は昔から知られていますが、最近になって行動経済学などでようやく解き明かされるようになってきました。EAMCモデルを使うと、不合理性を理解した上で、どのような提案が価値になるのかを導き出すことができます。
どうしたらトレンドの強度を測定できるか?
EAMCで見つけた兆しの顕在化度合いが強いほど、ニーズ(需要)に近づいていきます。こうした新しい行動や意味付けが顧客層の中で強まれば、顕在的な課題感としてインサイト調査や口コミなどに表れてくるからです。
逆に言えば、トレンドが潜在的な内に、それらの行動や意味づけに即したブランドであると明示的な価値提案にしてしまえば、新市場を創り出すこともできるわけです。
つまりEAMCの環境変化、行動変化、意味変化は、次のようにトレンドの先行指標として用いることができるわけです。
・トレンドの直接的な先行指標:行動の意味への共感規模や理解規模
・トレンドの間接的な先行指標:環境変化の該当規模、行動変化の該当規模
加えて、トレンド予測においては、次の2点も定量検証しておくことが重要です。
・WTP(金銭を支払ってでも解決したい痛みもしくはリターンがある)
・ホワイトスペース(そのEAMCに競合がポジショニングしていない)
顧客の課題にも、ブランドが解決する価値がある課題と、そうではない課題があります。環境変化や行動変化の規模が大きいことは、製品開発などのマーケティング投資を行う上で必須条件です。しかし市場規模が大きいだけでは不十分で、消費者側に「金銭を支払ってでも解決したいほどの問題意識(ペインといいます)」や、「得たい価値(ゲインといいます)」が伴わなければ、マーケティング投資を行う価値のあるトレンドとは言えません。
WTPとは支払い意思額(willingness to pay)のことで、よく経済学の調査で使われる概念です。公共財の価値算定や経済損失を評価するときによく用いられ、例えばある地域における公害を例示して、「この公害を解決するために、あなたは幾らまでなら金銭を支払うことができるか」というような質問を行います。「目に見えない問題を解決する価値」を推定するための方法で、マーケティングリサーチではあまり使われないですが、トレンド予測においては役立つ指標になります。
また、すでに競合がポジショニングしているレッドオーシャンなトレンドも、自社の旨味が少なくなるので注意が必要です。まとめると、トレンド予測においては、変化が起こっている顧客の規模以外にも、投資を行うだけの”強度(ポテンシャル)”があるかどうか、を定量検証しておく必要があるということです。
参考文献
Drucker, P. F. (2009) Managing for Results: Economic Tasks and Risk-Taking Decisions. HarperCollins e-books. (Kindle)