ナラティブ分析のコツ
マーケティングにおけるナラティブ分析のコツを、6つのポイントにまとめてお話ししたいと思います。ナラティブとは、生活者が語る自分視点の物語のことです。医療や介護、臨床心理、教育など「その人がそう感じる背景や事情」を理解して1人1人に寄り添ったサービスを提供することが望まれる分野で発展したアプローチです。
1. 顧客の声ではなく、その声がどこから来たのか
ナラティブは顧客自身の物語です。顧客との対話やインタビューを通して、生活で起こったエピソード・実体験を物語ってもらった定性的なデータです。ナラティブの集め方やインタビューの仕方については別の記事で詳しく見ていきます。この記事では「ナラティブをどう分析すると、何が出てくるか」、「マーケターにとってどんなメリットがあるのか」について書いていきたいと思います。
ナラティブを分析するときに注目すべきなのは発言内容ではなく、その発言がどこから来たのかという背景要因です。顧客の不満の声や感動の声は、直接それ自体に目(耳)が行ってしまいがちです。しかし大事なのは、実際に顧客が何を言ったかではなく、顧客がどのような”レンズ”を通して世の中や生活に起こる出来事を捉えているか、意味づけをしているかという「顧客の物事の見方や視点」を捉えることです。いわゆる経験則や経験知と言われるものですね。これらの経験則は商品やサービスを選ぶときも使われますので、それに寄り添うように新たな顧客体験を作り上げれば、顧客に受け入れてもらいやすくなるわけです。
2. 顧客のドミナントストーリーを捉える
暮らしてきた環境や自身のこれまでの経験などから、人は「これはこういうものだ、こういう時はこうしたほうがいい」といった世の中を理解すための経験則を培い、普段はそれに従って生活しています。例えば、次のAさんとBさんの会話を見てください。
A:「チャレンジしても成功しなければ価値がない」
B:「挑戦する姿勢や粘り強さはチャレンジからしか得られない。チャレンジ自体に価値がある。」
Aさんのナラティブは、「チャレンジすること」に対するAさん固有のものの見方を表しています。このようなナラティブをドミナントストーリーと言います。その人の考え方や物事の意味づけを”支配している”経験則です。対してBさんの発言は、「チャレンジすること」に対するBさんの異なる見解、ものの見方を表しています。これをオルタナティブストーリーと言います。
Bさんは、Aさんを支配している(dominant)考え方を、別の視点から捉えた代替案(alternative)で置き換えることで、Aさんの認識を変化させて、「チャレンジすること」を価値として受け入れてもらおうと試みているわけです。
3. ブランドが価値に成るも成らぬも、すべては顧客のドミナントストーリー次第
動画CMのプロットでも体験型イベントでも、何かを価値として受け入れてもらうためのストーリーを作るには、ナラティブから顧客のドミナントストーリーを引き出すことが何よりも重要です。
・ターゲット顧客は、どんなものの見方をするのか。
・どういうルールで日々生活しているのか。
・何がどうなることを理想的と感じるのか。
・生活上の出来事に対してどんな意味づけをするのか。
・物事の因果関係をどういう視点で捉えているか。
・問題が起こった時に何を原因とみなす傾向があり、どうしたらうまくいくと信じているのか。
こういった「顧客固有のルール」や「意味づけの癖」を引き出すことができれば、そこから、「こういう考え方をしているなら、こういう言い方の方が伝わりやすいのではないか」、「こういう背景でこの課題感を持ったのなら、この生活シーンの中で便益を描写するとよいのではないか」という仮説が見えてきます。
4. ナラティブの中の違和感にアンテナを張る
ドミナントストーリーを見つけるコツは、ナラティブの中のちょっとした”違和感”にアンテナを張ることです。ちょっと例を見てみましょう。
これは、withコロナでリモートワークをしている人のナラティブの抜粋です。商材はドリップコーヒーですね。ドリップコーヒーのブランドを担当するマーケターになったつもりで、この人のドミナントストーリーは何か、一緒に考えてみてください。
どこら辺に違和感を感じるでしょうか。次の、「仕事の隙間時間についてのナラティブ」に注目してみてください。
・「コロナ前は自販機で缶コーヒーを買って飲んでいたが、今はカルディーで豆を挽いて貰ったものを家でろ過して数回飲んでいる。」
・「自販機に買いに行くのが面倒になった。人と会わないで済むこともメリットがある。」
なぜ、わざわざ自分でドリップする手間がかかるタイプのコーヒーを選んだのでしょうか。この人は元々缶コーヒーユーザーなのですから、缶コーヒーを通販で箱買いしてもよかったはずです。面倒もないですし、人とも会わなくて済みます。一見すると合理的ではない行動に見えます。しかし、こういう違和感にドミナントストーリーのヒントが隠されています。先ほどの2つのナラティブに共通するのは、何でしょうか。
5. 顧客に特有の「意味づけの癖」を見つける
仕事の合間にオフィスから出てコーヒーを自販機に買いに行くという手間。自宅のリモートワークの隙間に(恐らく)キッチンに行ってレギュラーコーヒーを都度淹れるという手間。2つのナラティブに共通するのは、「どちらも一定の手間がかかる」ということです。では、手間をかけることに、顧客にとってどんな意味があるのでしょうか?
ナラティブにはコーヒーを「リフレッシュできる」と評している内容があります。この人が仕事の隙間時間でコーヒーを飲む目的が「リフレッシュ」なのであれば、手間をかけることがリフレッシュにつながっているのかもしれません。缶コーヒーを「買いにいく」というリフレッシュの行動が、コーヒーを「淹れる」という別のリフレッシュの行動で置き換えられたわけです。
そこから、この顧客のドミナントストーリーを、次のように理解することができるでしょう。
【顧客のドミナントストーリー】
「自宅で仕事をする時は、ドリップコーヒーを淹れると、仕事モードから休憩モードに切り替えられる。」
6. 顧客のナラティブからブランドが語るべきストーリーを生み出す
このような捉え方や視点を持っている顧客に対して、あなたなら、ドリップコーヒーをどのように提案しますか?例えば、次のような動画ストーリーはどうでしょうか。
どうでしょうか。
当たり前過ぎましたか?
しかし、ドミナントストーリーが分かれば、顧客の視点や経験即に合わせたブランドの”見せ方”の筋が見えてくることは理解頂けたのではないかと思います。つまり、ブランドが提供する体験をどのように描けば価値として受け入れてもらえるかという、オルタナティブストーリーが見えてくるわけです
そして、ドミナントストーリーからオルタナティブストーリーを生みだすプロセスは「仕組化」することができます。顧客のナラティブからブランドが語るべきストーリーを生み出す。そこにナラティブ分析の意義があります。この仕組みについてもいろいろ書いていきたいのですが、長くなるのでそれはまた他の記事で。芹澤がお送りしました。