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今日の私と、3年前の生活。

2013.7.2
東京神奈川から離れたときにみる、延々続く田んぼだとか工場群だとかに圧倒されるたびに、物のなりたちを実感できていないのだなと気づかされます。


2013.7.30

最近パン作りにはまっています。
島にパン屋さんがなくて山崎パンの食パン(なぜか5枚切り)しか買えないので必要に迫られてはじめたのですが。すごく面白い。

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3年前からタイムスリップして、
取り留めもなく今考えてること。

コミュニティというものは、そこを選んだという地点である程度同じ価値観をもと生まれると思ってるのだけど。(わたしなんかは、自分が身を置く環境や周囲にいる人間のことを凄く選ぶタイプでもあるので、特にそうなのかもしれない)

だからといって頭の中で描いてる絵や、そこから生みたいものは個々によるものなんだなあと、あたりまえのことをぐるぐる考えている。

美術館の場合は守らないといけない空間が物質としてみんなで共有できていたのだけど、
コルクの場合、わたしが共感したのはどちらかというと文化が損なわれていく「危機感」で、それは大学の頃ぐらいに自覚して度々アウトプットしていたことだった。

豊かな暮らしを続けるために、作家生活やその多様性が損なわれていくのは私にとっては何より耐え難いことで、その為のことをもっともっと知りたいし考えたいし、できれば守って行きたいと。
それは、生活のために制作活動をやめる知人たちをみて、強い動機があって考え始めたことで、制作に近いところにずっと身を置きながらひとり考えている。

できれば今でも、またパンを焼くような生活をしたいけど、今の生活だとそれをすることがプラスになることでなくてむしろ疲れちゃいそうだからもう寝よう、と、自ら控えてしまってる。
自分が豊かな暮らしができてこそ、とも思うのだけど。むむむ。

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