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昭和亡霊工場(1)

第一部:消えた工員

1963年、東京・墨田区。戦後の復興を終え、高度経済成長の真っただ中にあった日本は、どこもかしこも建設ラッシュだった。都内には次々と高層ビルが建ち、地下鉄が整備され、1964年の東京オリンピックに向けた準備が急ピッチで進められていた。

そんな時代の影で、小さな町工場もまた、活気を帯びていた。大和製作所は、戦後の焼け跡に建てられた鉄工所で、航空機部品や建築資材の加工を請け負っていた。工場内では旋盤が唸りを上げ、溶接の火花が飛び散る。工員たちは昼夜を問わず働き詰めだった。

その工場で働いていた山本健二が、ある日、忽然と姿を消した。

「昨日まで普通に仕事してたんだ。まさか、蒸発するとは……」

工場長の田村は、警察の事情聴取に応じながら、苦々しい顔をした。彼は30年以上この業界にいるが、工員が行方不明になったのは初めてだった。

「借金か? それとも女絡みか?」

同僚たちは噂したが、どれも決定的な理由にはならなかった。山本は独身で、金に困っていた様子もなかった。

「最近、様子がおかしかったんだよ」

ふと、工場長が呟いた。

「機械の調子が悪いって、よく言ってた。夜中に工場に忍び込んでまで、何かを調べてたみたいだ……」

工場は24時間稼働しているが、深夜はほとんど人がいない。山本が一人で何をしていたのか、誰も知らなかった。

ある晩、夜勤の工員が言った。

「工場の奥で、何か聞こえるんです」

「何が?」

「わからない。誰もいないはずの時間なのに……人の足音みたいな音がするんです」

田村は一瞬黙り込んだ。工場の奥には、古い廃材置き場がある。戦時中、この場所は軍の倉庫だったと聞くが、戦後は長らく放置され、今では誰も近づかない。

「山本が消えたのと、何か関係あるんですかね?」

若い工員が不安げに呟くと、年配の職人が低く言った。

「……この工場の地下には、昔のまま残ってるものがあるんだよ」

(続く)

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