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第6球 プロ妹

「ただいまー」
「お帰りなさいませ、おにいさま」

 玄関で正座して待っていたのは、2コ下の妹、志良堂 うい

「どうしたの、海? こんなところで……」
「私の調査によりますと、おにいさまに高校でのご友人はおりません」
「うっ……」

 手帳を取り出して、すらすらと読み始めた。

 中学校には雑草級と呼ばれる最低辺の同志たちがいた。だけど、僕たち雑草は群れることすら恐ろしくて、最低限の会話しかできなかった。なぜ僕に友達がいないかをういが知っているかというと……。

「友達の姉が数人ほど九家学院に通っているので、情報がすぐに入ってくるのです」

 そう、僕とは違って妹は美人で成績優秀、運動神経も抜群で人当たりもいい。いわゆる中学校でトップに君臨している完璧すぎる妹。

 人脈も広いため、僕なんかが想像するよりはるかに色んな情報が妹の耳に入ってくるのだろう。

「最新の情報では天花寺先輩のまわりに男子の陰があると聞いています」

 ぱたんと手帳を閉じて、僕をじっと見つめた。

「ずばり、おにいさまは天花寺先輩とお付き合いをしているのではと」
「ないないない、それは絶対あり得ない」
「ですよね、私としたことが。こんなミジンコ以下の根性しかない兄があの天花寺先輩の視界に入ることすら許されないのに……夢でも出来すぎな話でした」
「おーい、それは、いくらなんでもひどいと思う」
「では、友人とはどなたでしょうか?」
「それは……」

 いちおう明日から天花寺さんを呼び捨てで、かつ敬語も使わないって約束したし、友人と言っていいのだろうか? いや、本人が良くても学園生活しゃかいがそれを許してくれないだろう。なら、部活の話をすれば……。

「では、天花寺先輩の他にも学院四天王がいる野球部のコーチを頼まれたと?」
「うん」
「待ってください……ありました。桜木茉地、身長177センチ。素行は悪いものの成績優秀、スポーツ万能、金髪で美人、Eカップ、彼氏なし」

 おいおい、そんな情報どこから手に入れたんだ? 桜木さんって成績いいんだ。なんか意外……。いやいや最後ら辺に調べちゃいけないワードが含まれていたような。

「いいでしょう、それでは、おにいさま」
「はい」

 妹から指令が下された。
 それは……。

「四天王のふたりの内、どちらかの連絡先をゲットしてきてください」
「はい……え? はい~~~~ぃっ?」

 成功する可能性ゼロのミッションインポッシブル。
 どこかの国の大統領を暗殺するより僕には困難な内容かも!

「ふたりを可愛いと思いますか?」
「え……それはやはり四天王というだけあって美人だし」
「では、どちらが好きですか?」

 どっちが好きかって?
 それは天花寺月かな。でも、彼女と付き合おうだなんて、雑草扱いされている僕にはとてもではないが無理な話だ。友達になれたってだけで、80歳になっても子や孫に自慢できると思う。

「よくわからない」
「おにいさま、よく聞いてください!」
「か、顔が近いよ、海……」

 妹がぐっと顔を近づけてくるので、思わず仰け反る兄。

「相手と見つめ合うだけが愛ではありません」
「え?」

 海は、玄関近くにある階段を数段のぼり、高いところから言い放った。

「ともに同じ方向を見つめることこそが本当の愛なんです」

 うーん、なかなか名言チック。
 だけど、たぶん、漫画かなんかの受け売りだろう……。

 ──でも、まあ、覚えておこうかな。

「キャー! 天花寺さま~~ッ」
「桜木さまもいる、いつ見ても素敵ですわ」

 日曜日の練習試合当日。
 11時から始まる試合に向けて10時30分頃に聖武高校に到着した。九家学院高校にはマイクロバスがあり、他の部活も練習試合などで予約が重なっていたみたいだけど、九家学院の女王こと中条古都先生が、マイクロバスを確保してくれたらしい。

 また、この数日間で野球部に四天王がふたりも入部したという噂がまたたく間に広がり、この練習試合でも聖武高校へ九家学院の女子生徒がたくさん応援に来ていた。

「今、男子の試合が長引いていますので、こちらでお待ちください」
「は、はいっ」

 気合の入った女子野球部員にそう言われて、顔を引きつらせながら僕が返事をした。

 校舎がグラウンドよりも高い場所にあるので、校舎とグラウンドの間に長い階段と観客席があって、そこで待つよう指示された。

 聖武高校男子野球部。
 県内では昔から名門として知られているが、ここ10年はあまり目立った成績を残していなかった。だが、数年前から徐々に息を吹き返して昨年の夏には激戦区で知られるK県で甲子園の切符を手に入れた。

 練習試合の相手は東横大三浦高校。
 県内3強と言われている強豪校の一角で、昨年の決勝では聖武高校に惜しくも敗れた因縁の相手だ。

 試合は3対2で東横大三浦高校が1点リードしていて、9回裏の聖武高校最後の攻撃が始まっている。

 ノーアウト満塁の場面で、背番号10をつけたピッチャーが交代を告げられた。マウンドに上がるエースナンバーのピッチャーを見た瞬間、僕は思わず身震いした。

 榊 雷闇さかき らいあん
 昨年、中学3年生の時点で140キロ台後半を叩き出した、まさに令和の怪物。

 中学の時点で私立高校のスカウトだけではなく、プロのスカウトまで見に来ていた逸材中の逸材。

 僕がなぜそんなことを知っているかというと……。

「ねえ、あのピッチャー、こっち見てない?」
「月のこと見てる? 許さんぞ、あのケダモノめ!」

 月がつぶやき、火華が吠える。

 でも、違う。
 彼が見ているのは……。

 ズンッ。グラウンドを超えて響くミットに収まったボールの音。
 打者にとっては、それは恐怖の塊でしかない。

 遠くからでもわかる剛速球。バットは何度も空を切り、あえなく散っていく。また球速が上がっている? 下手したら150キロ台に達しているんじゃ……。

 これまでの努力や技術、経験、知識のすべてを否定する圧倒的な「才能」。

 彼の前に立った人間は自分の持っているすべてをし折られて、やがてグローブを置いてしまう。

 それは、なにも相手バッターに限られるものではない。

「久しぶりだな、太陽てだ
「あ、うん、雷闇も元気そうだね……」

 身長192センチ。
 高校1年生にして超高校級と呼ばれる怪物が、練習試合を終えすぐに僕の目の前にやってきて、縮こまった僕を見下ろしている。

 八景シニアで彼とバッテリーを組んでいた。
 そこで嫌と言うほど思い知らされた。
 どんなに好きでも、どんなに努力しても才能・・には勝てないってことを……。

 目の前の男は最初からチート能力を持っている癖に誰よりも努力する。そんな奴が近くにいるだけで、心が何度折れたことか。いい加減疲れたので、野球は趣味程度に続けようと諦めた・・・のに……。

「俺のところに戻ってこい!」
「いや、それは……」

 雷闇はどこまで行っても物語の主人公だ。凡人が言ったら恥ずかしいセリフでも彼が言うと、物語のワンシーンに早変わりする。

「あれ、太陽てだの元カレ? それは残念ですね」

 これ以上、雷闇の目を見るのが耐えられなくなった僕は頭を下げたが、ふたたび月の声で、顔をあげることになった。

「誰だ、お前は?」
「私は天花寺 月。太陽てだは私たち九家学院女子野球部の女房役なんです」

「太陽、どういうことだ?」
「あっ、これはつまり……」

 よりにもよって、雷闇に説明することになろうとは。
 入った高校が男子野球部がなく、誘われるがまま、女子野球部のコーチになったことを簡単に説明した。

「なるほど、それはいいかもしれん」
「でしょ?」

 え……どういうこと?
 てっきり、あんなに打ち込んでいた野球をやめてコーチをやっていることを批判されると思っていたのに。雷闇は納得した顔をしていて、月はちょっと得意げな表情をしている。僕にはどういう状況なのか全然理解できない。

「太陽、俺はずっとお前を待ってる」
「そんな俺なんかが……」

 雷闇は僕の返事を待たずに背を向け、片付けを始めているチームメイトのところに戻っていった。

「月、今の話って何だったの?」
「さあ? 太陽もそのうち自分でわかるんじゃないかな」
「ちょっと待てぇぇーッ、そこッ!」

 月に質問したけど、はぐらかされてしまった。
 間髪入れずに火華が月と僕の間に割って入って、下から睨め付けながら低い声で威嚇された。

「お前、昨夜、月に変なことしてないだろうな?」
「そっそんな、とんでもない!」
「四天王に対して馴れ馴れしいぞ、この変態、助平、変質者め!」

 ひどい。
 敬語禁止って言われたから、これでも頑張っているのに……。

「火華、実はね……」

 月が火華に事情を説明した。
 彼女の顔は赤くなったり、青くなったりと見ていて心配になってきた。

「……じゃあ」

 顔を下に向けて両手を握りしめ、聞き取れない声でつぶやいた火華は、次の瞬間、急に顔を上げて僕を睨みつけて叫んだ。

「私のことも火華って呼べよッ!?」

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