『引きこもり探偵』第三話 電話切って、春
編砂が帰ってから、文時は暇潰しにスマフォのゲームに興じていた。しかしゲームは何もかも似たり寄ったりでつまらなかった。インターネットでゴシップ記事を見た所で胸が高鳴る事はない。彼が心躍るのはいつも事件の解明を行っている時だった。彼が言う通り、それがたとえ浮気調査であろうとも、真相を究明することに変わりはないのだから。
彼はあらゆるものに飽きていた。とどのつまり、暇だった。
寝そべって天井を仰ぎ、眼の端にスマフォを置き、見るでも見ないでもないようにぼけっとしながら画面を親指で弾いている。不意にその眼に何かが留まり、一瞬体が固まる。通り過ぎてしまった画面をスクロールさせて戻して、自分が一体何に反応したのかを確かめる。
文時はがばっと起き上がった。
空いている片手で掛け布団をまさぐり電話を探す。
と、ずっと握りしめていたものが電話だったことを思い出し、編砂に電話を掛けた。
「編砂さん! 事件! 起きているじゃあないか!」
彼が見ていたニュースサイトに殺人事件の記事が載っていたのだ。
彼はそれから自分がその事件現場に向かいたい旨を伝えた。すると彼女からは「上司に相談してみます」と言う極めて業務的な回答が返ってきた。
彼女からの折り返しの電話が掛かってくるまで、彼はその事件の詳細を調べていた。あらゆるサイトを見て事件に対しての考察を巡らす。だがどれも当然ながら判明していることを記事にしているだけだ。まして警察に封殺されている内容もあるだろう。早く現場に行きたくて仕方なかったが、政府からのゴーサインが出ない限りそれはできない。いつもご飯を届けてくれる編砂の管理が甘いと言われてしまうかも知れない。自分の身勝手で彼女が何らかの処罰を受けることは避けたかった。
待ち続け、ようやく掛かってきた彼女からの電話からは、彼が期待していたようなものではなかった。
「行くなって、そんな……」
悲嘆にくれる文時に語り掛ける編砂の声は、冷静かつ丁寧で、いわゆる業務的なものであるのに、そのくせ震えていた。それは怒りによるものか悲しみによるものかは、文時には分からなかった。
既に彼女の上司が下した結論だ。今彼女にどれだけお願いをしてもそれが覆る事はないだろう。寧ろ、自分の為に上司に話をしてくれた彼女の努力を無視して、無為に彼女を苦しめることになる。
「ごめん」
そう感じた文時《ふみとき》は短く謝って電話を切った。
それからしばらくネット記事などを読みながら、事件のことに思いを馳せた。
顎の無精ひげをシャリっと撫ぜて、畳の上に円を描くようにして歩き始める。
(あれ? この事件って)
文時は記憶を遡った。
事件現場や時間は違うものの、昔自分が解決した事件に酷似していた。これなら謎を解明することができるかも知れない。考察に考察を重ね、証拠の無いぐらぐらの空論を立てる。
不意に、眼を見開き、人差し指を顔の前で立て、鼻の頭をトンと叩いた。
そしてまた電話を掛ける。今度は編砂ではない。
「もしもし、美汐良警部。お久しぶりです。起戸見です。ええ。中央区で5月10日に起きた事件ですが……」
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