SFラブストーリー【海色の未来】最終章(中編・上)
過去にある
わたしの未来がはじまる──
穏やかに癒されるSFラブストーリー
☆テキストは動画シナリオの書き起こしです。
動画再生で、BGMつきでお読みいただくこともできます。
(Youtubeの方が内容先行しておりますので、再生を続けてnote数話分を先読みすることも可能です。)
サイトで募集された一般の観客がつめかけたライブハウスは、
これが審査だということを忘れそうになるほど盛りあがっている。
わたしも観客のひとりとして、オーディションを見守っていた。
──次が海翔くんの番だ……。
ここまではみんなバンドだったし、曲も派手なものが多かった。
海翔くんはソロで、使うのはアコースティックギター。
しかも順番はラスト。
あまりに不利な条件に、ちょっとプレッシャーを感じてしまう。
──でもきっとそれだけレコード会社の人に見込まれてるんだ。
──大丈夫、絶対、大丈夫……。
そう自分に言い聞かせていると、会場にアナウンスが流れる。
「次の方がラストになります。エントリーナンバー5番。ハーヴ」
──いよいよだ……。
思わず両手をにぎりしめステージを見守っていると、
スポットライトの光の中に、ギターを持った海翔くんがあらわれた──。
海翔くんの歌がはじまった。
それまでの騒々しかったライブスペースが、急に静まりかえっている。
誰もが海翔くんに見入り、心を奪われたように身動きひとつせず、歌に耳をかたむける。
──すごい……。練習のときより、何倍もいい……!
海翔くんが創る世界に、ここにいる誰もが魅了され、取りこまれている。
そして、この世界に入りこんでしまったわたしたちは、
海翔くんの歌声で、心の中の頑なな塊を壊され、柔らかく生まれ変わらせられてしまう。
──これが海翔くんなんだ……。
──海翔くんが……今、本当にハーヴになった……。
思わず涙がこみあげた、そのとき──
──あ……れ……?
急に目の前がぼうっとかすむ。
──ウソ、貧血……?
うつむいたその瞬間、身体が冷たくなる。
──あ……っ? 手が……!?
薄暗い空間の中で、わたしの手のひらが半透明になっていた。
──わたし……消える……!
叫びそうになり、あわてて口を両手で押さえつける。
海翔くんのライブ中に騒ぎを起こすわけにはいかない。
それだけは冷静に判断できた。
──ここから離れないと……早く人のいないところへ……!
海翔くんの音楽に夢中になっている観客の間を抜け、わたしはライブスペースから出て行った。
──ここなら誰も来ない……。
非常口から外に出て、階段の影に身を寄せる。
──どんどん透明になってる……。
足も手と同じように輪郭がぼやけ、打ちっぱなしのコンクリートの色が透けて見えた。
走ったわけでもないのに呼吸は乱れ、心臓は激しく身体の内側を叩く。
わたしは外壁にもたれると、ずるずるとその場にへたり込んだ。
──このまま……消えちゃうんだな……。
「……あーあっ、やっぱりわたしっ、消えるんだあっ」
わざとやけっぱちに叫んでみる。
だけどわたしの声は、都会の喧騒にあっさりかき消された。
──そうだ……声だって消えちゃうんだ。もっと歌っておけばよかった。
──もっと海翔くんと一緒に歌っておけば……。
──それだけじゃない。
──もっと……ちゃんと気持ちを……伝えて……。
──あ……結局、呼べなかったな……。
──冗談で言うふりして、呼んじゃえばよかった……。
──海翔って……。
──たったそれだけのことだったのに……。
──どうしてできなかったんだろう……。
──……身体の感覚……もうない……。
「オーディションに通ったら……
じいさんとかに、付きあってるってちゃんと言おうか」
あのときの、海翔くんの言葉。
「そのほうがいいんじゃないのかなあって……ちょっと思った」
ぶっきらぼうな声。
大好きだった海翔くんの声。
だけど、もう聞けない。
わたしは──このまま消えてしまうんだ──。
『比呂ちゃん』
微かな声が聞こえてくる。
──誰……?
『ボク』
──え……? あっ……流風くん……!
──もう……心配してたんだよ。
──よかった……元気で……。
『ボクはいつだって元気だよ』
──ねえ、顔、見せてくれないの?
『ボクが見えないの?』
──うん……そっか……わたし、もう……消えるから……。
『比呂ちゃん、おいで。こっちだよ』
その声と一緒に、わたしの右手だけに、あたたかな感覚が広がる。
──さっきまで、なにも感じなくなってたのに……。
──ねえ、今……流風くんが手をにぎってくれてるの?
『そうだよ』
──ありがとう……ひとりでとっても心細かったんだ……。とっても……。
──最後に……流風くんに会えてよかった……。
『また会えるよ』
──また……会えるの……?
『きっと いつか どこかで』
「暑……っ」
異様な熱気の中で目がさめた。
東向きの部屋に、燦々と朝日が差しこんでいる。
──わたし、オルゴール聴いてるうちに寝ちゃったんだ……。
額ににじんだ汗を手の甲でぬぐいながら起きあがる。
──今、何時なのかな。
テーブルのスマホを手に取ると、お昼を少しまわっていた。
──寝すぎだ。でもバイトが休みでよかった。
──あやうくルミ子さんに心配かけるところだったよ……。
スマホを元にもどそうとしたけれど、なんとなく奇妙な感じがする。
──スマホ……なくしたんじゃなかったっけ。
──……違う……なくしたんじゃなくて……消えた……?
「そうだ、消えたんだ……! バレッタも! 腕時計も!」
わたしは急いで辺りを見まわす。
──みんなある……! 消えたはずなのに……どうして!?
そのとき、手に冷たいものがあたる。
「あっ……」
──ハーモニカだ……。ルミ子さんからもらった……。
──これもなくなってたんだっけ……?
寝ぼけた頭では、なにがなんだかわからない。
──そもそも、わたしがアパートの自分の部屋にいるのがおかしい。
──あたり前のことだけど、おかしい。
──鍵はどうしたんだろう。前に住んでた人は……?
──それも違う。やっぱりここは、もともとわたしの部屋のはずで……。
──わたし、なに考えてるんだろう……頭の中に霧がかかったみたいだ。
「ん……?」
ふと、床に転がり、蓋の開いているオルゴールが目に入る。
──オルゴール……。
──海翔くんが作った曲の……。
──え……?
──海翔……くん?
「あ……っ!」
その瞬間、あやふやだった記憶がつながり、ひとつになる。
「海翔くん……!」
わたしはオルゴールを拾って立ちあがった──。
部屋から走ってアパートの駐輪場へやって来た。
──早く古葉村邸へ……そして、美雨ちゃんに会おう……!
麻美からもらった自転車を出そうとしたとき、1階のドアが開いて大家さんがあらわれる。
「あら瀬口さん、お出かけですか?」
「は……はい……」
──わ……なんか大家さんに会うの久しぶり……。
手に下げた蛍光色のエコバッグもなんとなく懐かしい。
「あの、大家さん。言わせていただきたいことがあるんですが」
「え?」
大家さんはピクリと頰を引きつらせる。
「もしかして……鍵を変えなかったこと?」
「はい、そうです」
「かっ、変えますよ、そのうち。でも、義務ではないから、法律的に問題は──」
「ありがとうございました! もし鍵が変わってたら、どうなってたかわかりません!」
「は……?」
「じゃ、失礼します!」
呆気にとられている大家さんに会釈して自転車に乗る。
そして、ペダルを力いっぱいこぎだした。
(BGM・効果音有り)動画版はこちらになります。
https://youtu.be/YwpSi1LX1kY
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【海色の未来】マガジンもございます。目次代わりにお使いいただけると幸いです。
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4章までのあらすじはこちら
https://note.com/seraho/n/ndc3cf8d7970c
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