SFラブストーリー【海色の未来】最終章(前編・下)
過去にある
わたしの未来がはじまる──
穏やかに癒されるSFラブストーリー
☆テキストは動画シナリオの書き起こしです。
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(Youtubeの方が内容先行しておりますので、再生を続けてnote数話分を先読みすることも可能です。)
「どこに行ったのかと思ったよ」
海翔くんの隣に、わたしも腰を下ろす。
「悪い。すぐ帰るつもりだったんだけど……。なんかここから動きたくなくなってさ」
「ふうん……」
日差しは春そのもので、風がいつもよりあたたかい。
海のほうを見れば、深く澄んだ青い波と一緒に、まぶしい光がきらきら揺れている。
──もう春なんだな……。
「こんなに気持ちよかったら、ホント、動きたくなくなるよね」
「……それもあるけどさ」
海翔くんの口から、小さくため息がもれる。
「いよいよ明日がライブ審査かと思うと、なんとなくな……」
そう言って、砂まみれになるのもかまわずゴロンと後ろに倒れた。
「あ、やっぱりまた弱気になってる」
「またって言うな。自分でもわかってんだから」
上目づかいでジロリとにらまれる。
だけど、わたしはその瞳をまっすぐに見つめかえす。
「大丈夫だよ。海翔くんの弱さは、これから音楽の道で生きていく力になる。
人の心を優しく惹きつける力に。だから……大丈夫」
しばらく海翔くんは黙っていたけれど……
「……比呂に言われると、なんとなくその気になってくるから不思議だ」
ちょっとふてくされたようにつぶやく。
「わたしが年上だからじゃない?」
「なに? その子どもあつかい」
「いや別に……そういうわけじゃないけど……」
「……」
「海翔くん?」
頭の後ろで両手を組んで、海翔くんは黙りこくってしまう。
──拗ねた? でもむくれた表情もかわいいんだよね。
──……とか言ったら、よけいに機嫌悪くなるんだろうな。
顔をそむけてこっそり笑っていると、ふいに海翔くんが口を開く。
「比呂って、ここに来るのはじめて?」
「え? あ、そういえば……。浜辺まで来たのははじめて。
もう何か月も古葉村邸に住んでるのにね」
すると寝そべったままの海翔くんに、なぜかじっと見つめられる。
「……なに?」
「……俺が音楽にばっかかまけてたからだよな」
「え?」
「ずっと放ったらかしでごめん。海にも連れて来てやんなくて……」
「え……ええっ!?」
大真面目に言われた言葉に驚き、息を飲む。
「な、なに!? どうしたの!? 急に彼氏っぽいよ!?」
「彼氏だし」
「そ、そうだよね、そうだけど……」
──うわ……なんか、汗かきそう。
海翔くんの顔を見続けられなくて、思わず膝を抱えこむ。
「比呂。あのさ……」
「は、はい……?」
海翔くんは、まだわたしを見つめている。
「海翔くんっての、そろそろやめろよ」
「え……」
「呼び捨てでいいんじゃないの? 俺たち……付きあってんだし」
「よ……よび……?」
「なんか、いつまでも子どもだと思われてるみたいな気がするんだよな」
──つまり……海翔……って、呼べってことだよね……?
いきなりの提案に脳ミソがフリーズしそうになる。
「おい……。なんでかたまってんの?」
「だって……海翔くんは、やっぱり海翔くんだし……
その……急に言われても……」
「俺から言わなかったら、ずっとこのままで通すつもりだっただろ?」
「ど、どうだろ。わ、わかんないけど……」
わたしがおたおたしながら答えたとき、
海翔くんがムクッと起きあがり、真正面から顔を寄せてくる。
「え……っ」
「俺、いつまで待たされんの?」
その言葉が終わった瞬間、ほんの軽く唇を重ねられた。
「……! か、海翔くん!?」
叫んだけれど、彼はもう素知らぬ顔で、また砂浜に寝そべっている。
──キス……された。
いい歳してキスのひとつやふたつで驚くことはない……
そう思いながらも、耳まで熱くなっているのが自分でもわかる。
──こんな年下の子に振りまわされて……。
──なんか腹が立つっていうか、おもしろくない……。
「い、いつまで待たされんのって言うわりに……な、なに、今の?
海翔くん、ぜんっぜん待ってないし!」
悔しまぎれにそんなことを言うと、海翔くんはわたしに背中を向ける。
「ねえ、聞いてる? こっち向いてよ」
「……」
──無言……。ま……いいか。
──わたしの顔、たぶん真っ赤だし……。
その時……
──あれ?
海翔くんの耳が赤くなっているのに気づいてしまった。
──なんだ……それでこっち向かないんだ。
わたしは微笑み、立てた両膝の上で頬づえをつくと海を眺める。
波は穏やかで、空にはふわりと薄い雲がかかっていた。
水平線と空のぼんやりとした境が春めいて見え、柔らかな気持ちになる。
──海翔……か……。
心の中でそっと呼んでみたけれど、やっぱりなんとなく気恥ずかしい。
──口に出して呼べるのは、まだ先かな……。
それでも胸の真ん中は、ぬくぬくと日だまりみたいな温もりが満ちている。
──ずっと一緒にいたいな……。
心からそう思う。
──でも……。
幸せな気持ちが大きくなればなるほど、
いつもは押し隠して気づかないようにしている不安が膨らむ。
──海翔くんを信じているけれど……
──もしもいつか、わたしたちの想像もつかない力がはたらけば、どうなってしまうかはわからない。
──変わらず海翔くんのそばにいられるかどうかは、わからない……。
海翔くんのいない時間を考えただけで、悲しさがわたしの身体を微かに震わせる。
それでも……
たとえ離ればなれになったとしても……
海を見るたび、きっとわたしは今日を思い出す。
ふたりで一緒に過ごせた時間を思い出す。
だから、荒れているときも、凪いでいるときも……
海は、わたしの心をずっと支えてくれるんだ──。
ライブ審査当日──
お昼に東京に着いたわたしたちは、その足で最終審査のある会場へとやって来た。
ここは30年以上も前に建てられた、知る人ぞ知るライブハウス。
あちこちに貼られた有名人のサインやポスターが長い歴史を物語っていた。
審査の準備もまだはじまる前で、ライブスペースでは出演者や関係者がなごやかに話をしている。
──たくさんのアーティストがここからスタートしてるんだよね……。
──こんないくつもの伝説が生まれた場所で海翔くんが歌って……
そして、やがてはあのハーヴに……。
──どうしよう、なんかドキドキしてきた……。
わたしが緊張しても仕方ないし、海翔くんがハーヴとして活躍することもわかっている。
それでも、ライブ審査がはじまる何時間も前から、くらくらと目眩がしそうになっている。
「比呂、もしかして緊張してる?」
レコード会社の人たちに挨拶していた海翔くんがもどってきた。
「ちょ、ちょっとね……。もうすぐ審査だけど、お、落ち着いてね」
「うん、ありがとう」
平然と海翔くんは言い、手にしていた進行表に目を落とす。
──いつもの様子と変わりない……。っていうか、いつもより冷静?
──いざとなると、こんなに堂々とするんだ。
──さすが、スターの素質あるよ……。
すっかり感心して、海翔くんの横顔を眺める。
──なにも心配しなくてよかったみたい。
──今日は安心して、ハーヴ誕生の瞬間をしっかり目に焼きつけておこう……。
「なあ、比呂。俺、スタジオ審査のときも思ったんだけどさ……」
海翔くんがいたずらっぽい顔になる。
「俺が東京にいる間に、同い年の比呂に偶然会ったりしないかな」
「偶然って……」
──もう……まだそんなこと考えてるんだ。
「会うわけないよ。音楽スクールもバイトしてた場所もここから遠いし。
こんな昼間からライブ見てる暇なんてなかったもの」
「なんだ。おもしろくないな」
「とんでもないこと言いださないでよ」
「冗談だって。ちょっと考えてみただけだよ」
海翔くんは笑いながら進行表をしまった。
──まあ、冗談言えるくらいリラックスしてるってことかな。
「あ、海翔くん、そろそろ集合だよね?」
すると、海翔くんが不服そうに口を真一文字に結ぶ。
「……まだその呼び方するんだ?」
「えっ……ま、まだって……。そんな、昨日の今日で急には変われないよ」
「俺は最初から呼び捨てなのにな」
「言っとくけど、それ、普通の人はあんまりしないから」
「俺のことはいいんだよ。いったいいつになったら──」
「わ、わかった。このオーディションが終わったら……ちゃんと呼ぶ」
「約束だからな」
「う、うん」
そのときステージのほうから、スタッフの人がマイクで参加者に集合を呼びかける声がした。
「……じゃ、行ってくる」
「うん。応援してる……がんばって」
海翔くんはわたしに軽くうなずいてみせ、歩きだした。
──それにしても、いろんな人たちが最終審査に残ってる……。
ステージ前に集まっている参加者は、年齢も性別もさまざまだった。
──かなり若い子もいるけど、わたしと同じくらいの歳の人もいる……。
個性も性別もなにもかもバラバラ。
それでも共通しているのは、みんな歌をあきらめずにここまで来たということだ。
──そして、19のわたしも、きっと今、レッスンに打ち込んでいる……。
もう傍観者にしかなれない今の自分が、少し歯がゆく思える。
もちろん、今いる世界でわたしがプロを目指すのは不可能だけど、
歌をやめたのは、こんな状況になる前の話だ。
わたしは音楽をやめさせられたわけでもなく、自分からあきらめただけだった。
──今思えば、まだいくらでもやれたような気がする。
──でも、あのときは苦しすぎて、そうするしかなかったんだよね……。
ステージでは、楽器や音響装置の準備がはじまっていた。
──19歳のわたしに……夢を追いはじめた頃のわたしに、ムダだからやめろと伝えたいと思ったときもあった。
──それでも、夢を追った時間はやっぱりわたしの宝物で……。
──そして、あの時間があったから、海翔くんにも出会えたに違いないんだ……。
音楽の道を選んだ後悔は、もうきれいになくなっている。
今、わたしは昔の自分に、心の中でありがとうとつぶやいていた──。
(BGM・効果音有り)動画版はこちらになります。
https://youtu.be/nxItiLMhco8
お読みくださり、ありがとうございます。
【海色の未来】マガジンもございます。目次代わりにお使いいただけると幸いです。
https://note.com/seraho/m/ma30da3f97846
4章までのあらすじはこちら
https://note.com/seraho/n/ndc3cf8d7970c
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(マガジン【子どもだった大人たちのおとぎ話】)
(予告編:2分弱)
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