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SFラブストーリー【海色の未来】4章(後編)−1

過去にある

わたしの未来がはじまる──

穏やかに癒されるSFラブストーリー

☆テキストは動画シナリオの書き起こしです。

動画再生で、BGMつきでお読みいただくこともできます。

Youtubeの方が内容先行しておりますので、再生を続けてnote数話分を先読みすることも可能です。)


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わたしたちはアパートの前までやって来た。


「海翔くん、今日はどうもありがとう」

「気が向いたらまたハーモニカ吹きにきてよ。美雨と流風も喜ぶし。ああ、あとじいさんも」

「うん……」


そのとき、海翔くんの顔を照らす明かりがチラチラと揺れているのに気づいた。

街灯が切れかかり、弱々しい光が点滅をくり返している。


──えっ……? 昨日はこんなんじゃなかった。

──ちゃんと明かりはついていて……。


たったそれだけのことだった。

さして珍しくもない、ありふれた光景……。

だけど、蛍光灯のくり返す点滅が、わたしをだんだん不安にさせる。


──やっぱり変だ……。

──なにかが……なにかが、これまでと違う……。


思い過ごしで済ませようとしていた違和感が、あふれだしてくる。


──わたし……ちゃんと知りたい。

「海翔くん……」

「なに?」

「海翔くんの家に……高校生なんていないって言ったでしょ?」

「ああ」

「それって、本当──」


その瞬間──


──ウソ……。


アパートの2階が視界に入り、思わず息を飲む。

わたしの部屋のドアが開き、見知らぬ女性が廊下に出てきた。


──あの人、誰……?


ルームウェアのようなラフな服装。

廊下から響くサンダルの足音。

まるで、自分の部屋からちょっとコンビニへ行くみたいな様子だった。


──これって……なにか悪い夢……?


女性はショートパンツの後ろポケットに鍵を突っこみながら階段を降りてくる。

そして、こちらも見ずに、わたしたちの横をのんびり通りすぎた。


──いったい、どういうこと……。

「あんた、なんか顔色悪いみたいだけど……」


心配そうに海翔くんが言う。


「知らない人が……さっきの女の人、わたしの部屋から出てきた……」


やっとの思いで喉から声をしぼり出す。


「なっ……?」


さっと海翔くんの表情が変わる。


「まさか……泥棒!?」

「だ、だけど……なにかおかしい……ずっと、なにかがおかしいの……!」


叫ぶと同時に、わたしは階段へと駆けだした。



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2階にあがり、部屋の前までやって来た。


──表札が違う……。


それは、瀬口でも以前の苗字でもなかった。

わたしはバッグから部屋のキーを取り出し、鍵穴に差しこんだ。

おぼえのある、かたい手応え。


──間違ってなんかない。ここ、わたしの部屋だ……!


いつものように、力を入れてキーをまわす。


──開いた……。


気持ちを落ち着け、そっとドアノブを回す。

すると──

中の光景は、明らかに他人の生活の場所だった。


──……わたしの部屋じゃない? でも、鍵はちゃんと……。

「あんたの苗字、瀬口だったよな」


ドアノブをにぎりしめたまま動けずにいるわたしの隣に、いつの間にか海翔くんが立っている。


「表札が違うけど、ここがあんたの部屋?」

「そのはず……なんだけど……」


立ちつくすわたしの手から、海翔くんがキーを取る。


「誰かに見られたら面倒だし。とりあえず、ここは閉めとこう」


わけがわからないまま、鍵をかける海翔くんの背中をただ呆然と眺める。


──なにが……起こってるの?


なんだかこれまでの記憶にすら、自信がなくなってくる。

わたしは、本当にこの街に引越してきたのか。

本当に、ルミ子さんと出会ったのか。

骨董品の鑑定に、古葉村邸へ行ったのか。

あの美少女は……古葉村邸の住人だったのか──。

と、そのとき──


「ふたりとも、なにかあったの?」


ふいに後ろで声がする。


──この声……。


海翔くんと同時に振りかえると、そこに立っていたのは流風くんだった。


「お前、なんでここにいんの!?」

「つけて来ちゃった」

──流風くん……。びっくりした……。


「子どもがこんな時間にフラフラしてていいと思ってんのかっ? ダメに決まってんだろ!?」

「ヒマだったんだよ」


流風くんは女の子みたいなかわいらしい顔で、屈託なく微笑んでいる。


「ヒマだろうとなんだろうと、ダメなもんはダメだっ!」

「別にいいじゃん」

「ガキは口ごたえすんな!」

「ふう……。もう、どっちがガキなんだか」

「なんだ!? その人を小バカにした態度っ!」

「あ、あの、落ち着いて……」


海翔くんをなだめようとしていると、サラリーマン風の男性が廊下の向こうからやって来た。

男性はわたしたちをちらっと見てから、隣の部屋へ入っていった。


──隣の部屋、両方とも空室だったはずなのに……。


身体にひやりと冷たいものが流れる。

次々に起こる奇妙な出来事に、もう頭が追いつかない。


──わたしがおかしいの? 

──それとも、思いもよらないなにかが……。


無言になってしまったわたしを、流風くんがのぞき込む。


「比呂ちゃん……どうかした?」

「な……なんでもない」

「ここで話し続けるわけにもいかないよな。場所を変えよう」

「うん……」


わたしはうなずき、とりあえずここを離れることにした。


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わたしたちは、ひと気のない夜の公園にいた。

海翔くんに追いやられた流風くんがブランコをこいでいる。

その軋む音が狭い公園に響く。


「あんたの持ってた鍵でドアが開いたのは事実だ」


ベンチでうつむくわたしの隣で、思案顔の海翔くんが言う。


「だからって……あの部屋があんたの部屋だとは言い切れないよな?」

「でも、あそこは本当にわたしの──」

「ひと晩で自分の部屋が、他人の部屋になってたって言いたいわけ?」

「ひと晩……じゃない。仕事からもどったのが夕方だったから……」

「は? まさか数時間で?」

「うん……」

「おい……それ、ありえないだろ」

「……」


自分でもありえないと思う。

なんと言われても、返す言葉もない。


──家財道具のすべてが、ほんの数時間のうちに入れ替えられるなんて……。

──どうしたら、そんなことができるんだろう……。


そう考えたとき、ひとつの疑問が浮かぶ。


──数時間? 本当に数時間の出来事だったの……?

「……海翔くん、今日って何日?」

「いきなりなんだよ?」

「お願い、教えて」


そのとき、海翔くんのスマホのアラームが鳴る。


「いけね。練習時間だ……」

「なにか予定があったの?」

「あ……いや、ないよ。ってか、なくなったの忘れてた」


そう言いながら、カーゴパンツの後ろポケットからスマホを取り出す。


「毎週この時間、貸しスタジオに行ってたんだ」

──確かバンドのメンバーとケンカしたって……。

──それで練習がなくなったんだ……。

「……設定、消しとかねえとな」


スマホに目を落とす海翔くんの横顔は、どことなく寂しそうだった。


「……で、何日かって話だっけ」

「あ、うん……」

「えーっと……あれ、俺も覚えてねえや」


海翔くんがスマホの画面をタップする。


「……11日だな」

「11日……? ウソ……」


思いもよらない数字だった。


「なに疑ってんの?」

「だ、だって……」

──店でルミ子さんと締め日の話をして……。それなのに……。

「ほら、これ見て」


突きつけられたカレンダーアプリの画面は、確かに11日だった。


──どういうこと……?


信じられず、食い入るように画面に見入る。

すると、さらにありえない数字が目に飛びこむ。


──日にちが……7年前になってる……。


「おい……どうかした?」

「これ……このスマホ……設定、おかしくなってない……?」

「そんなはずないけど?」

「じゃあ、このアプリが変だよ……」

「はあ?」

「だって……7年前の日にちになってる……」


震える手で海翔くんにスマホを返す。


「7年前? いや……あってるよ」


画面を見て首をかしげる海翔くんに、ウソだと詰めよりそうになるのを必死でこらえる。

だけど、わたしはどこか冷静だった。


──今が7年前だとしたら、わたしの部屋に誰かほかの人が住んでいてもおかしくない。

──7年前だとしたら、古葉村邸の様子が前と違っていてもおかしくない。

7年前だとしたら──

あの美少女が10歳の女の子……美雨ちゃんだとしても、おかしくない──。


はまらなかったパズルのピースが、ひとつひとつ正しい場所におさまった。


──まさか……そんな……。

「ウソ……だろ?」

黙るわたしを、海翔くんがスマホと交互に見ながらつぶやく。

彼も同じ結論にたどり着いたらしい。

でもかたい表情から、納得がいかないという気持ちが伝わってくる。


「そんなこと、あるわけねえし」


ちょっと強い口調で海翔くんは言った。


「うん……あるわけないよね……」


しばらくのあいだ、わたしも海翔くんも黙っていた。

だけど……


「……大丈夫? あんた、なんか泣きそうになってる」


気を使ってくれたのか、海翔くんが先に口を開く。


「……大丈夫」

──どうして……こんなことに……?


思わずバッグを両手でにぎりしめる。

そのとき──


──わたしのスマホは……!?


なにかわかるかもしれないと思い、急いでバッグの中を探す。


「あった……!」


あわてて取り出し、画面を見たけれど、充電切れになっていた。


──そんな……。これじゃあ、どうしようもない……。


小さくため息をつきながらスマホをしまおうとしたとき、待って、と海翔くんに止められる。


「そのスマホ、珍しいな。ちょっと見せて」

「えっ……いいけど普通の機種だよ」


スマホを手渡したとたん、海翔くんが目を丸くする。


「うわ、軽いな。軽いし……こんなデザインあるんだ?」


海翔くんはわたしのスマホを、ものめずらしそうに眺めている。


「そんなに変わってる?」

「はじめて見たな、こんなの」

「はじめて……」


言われてみれば、さっきの海翔くんのスマホはずいぶん古い機種のような気がする。


──こんなの、どこにでもあるスマホなのに……。

──そうか……やっぱり、そうなんだ……。


「海翔くん……」

「ん? なに?」

「それ……普通のスマホ。流行りだし、みんな持ってるよ……」

「えっ? 流行り……って……」


海翔くんの表情が変わる。


「これが……?」


わたしのスマホを見つめて吐かれたつぶやき。

消えそうな声が、海翔くんの戸惑いをあらわす。

もう確信するしかなかった。


──わたしは……7年前の世界に来てしまったんだ。




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