SFラブストーリー【海色の未来】9章(中編)
過去にある
わたしの未来がはじまる──
穏やかに癒されるSFラブストーリー
☆テキストは動画シナリオの書き起こしです。
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真夜中──
みんなが寝静まったあと、2階のバルコニーに出てみた。
思ったよりひんやりとした夜の風に、パジャマの上にはおったカーディガンの前を合わせる。
空を見あげると輝く月が浮かんでいた。
──きれいな夜空……。
ふと、星空の下、テラスで海翔くんにギターを弾いてもらった夜を思い出す。
──きっとあのときにはもう、海翔くんを好きになってたんだろうな……。
あの夜、わたしは誓った。
海翔くんのために、できる限りのことをしようと……。
それなのに、わたしは海翔くんを好きになりすぎて……
離れたくなくて誓いを忘れた。
海翔くんが作った曲のオルゴールがある未来。
それは海翔くんがトップアーティストとして成功した未来。
その未来をつかんでもらうために、なんでもするつもりだったのに……。
「それだけ幸せだったってことなのかな……」
ぽつりとつぶやいてしまったけれど、心はなんだか冴え冴えと澄んでいる。
今、もう一度わたしは誓う。
──海翔くんのためにできる限りのことをする。
──たとえ、わたしが消えてしまうとしても……。
バルコニーの手すりにもたれ、ふうっと息を吐く。
迷いのない、そして穏やかな気持ちで空を眺める。
そのとき、後ろで人の気配がした。
「比呂ちゃん、どうしたの?」
立っていたのは、パジャマ姿の流風くんだった。
「流風くんこそ……。子どもがこんな時間に起きてたらダメだよ?」
わたしが言うと、流風くんは肩をすくめて隣に来る。
「急に目がさめたんだ。なんだかここに来なきゃいけない気がして」
「来なきゃいけない……?」
「うん……」
気がつけば、流風くんの澄みきった目がわたしをとらえている。
──不思議な目……。なにもかもを見通すような……。
わたしはそのまま吸いこまれるように、流風くんの目に見入ってしまう。
すると、なぜか急に意識があいまいになってくる。
──なんでなんだろう……。
夢の中にいるような、ぼんやりとした感覚に戸惑っていると……
「……比呂ちゃんはもう迷子じゃないんだね」
「え……っ?」
流風くんは、とても柔らかな……どこか大人びた笑みでわたしを見ていた。
「流風くん……今、迷子って言ったの?」
訊いたけれど、流風くんは答えてくれなかった。
そして、思いもよらないことを口にする。
「比呂ちゃん……。ボク、明日の朝、ここを出るんだ」
「え? 出るって……?」
「だから……比呂ちゃんとも今日でお別れなんだ」
「なっ……? ウソでしょ……? 急になに言いだすの?」
そんな話はマサミチさんからも聞いていない。
「流風くん、じょ、冗談……そう、冗談だよね?」
「大丈夫だよ、比呂ちゃん。きっと、いつかまた会えるから」
「流風……くん……!?」
「ボクのこと、忘れないで……」
急に目の前が暗くなる。
そして、そのまま……
意識が遠くなった──。
──ん……? まぶしい……。
差しこむ朝日に目を開けると、そこは洋館のわたしの部屋だった。
──いつ寝たんだっけ……。どうやってここに……?
ベッドから身体を起こし、ぼんやりしているうちに、真夜中の出来事がよみがえる。
「そうだ……流風くん!」
部屋を飛び出し、階段のおどり場にやって来た。
すると──
「おじいちゃん、どうして黙ってたの!?」
美雨ちゃんの叫ぶ声がする。
1階の玄関ホールを見おろすと、パジャマ姿の美雨ちゃんが、
マサミチさんに詰めよっていた。
「落ち着きなさい、美雨。こういう日がいつか来るのは決まっていたんだよ」
マサミチさんが静かに言う。
「どうして今日なの!? どうして流風は黙って行っちゃったの!?」
「……美雨によろしく伝えておいてと流風から言われたよ」
「そんな……」
「せっかく流風が学校に行けるようになったんだ。喜んであげなさい」
マサミチさんに優しく頭をなでられた美雨ちゃんは、ついに泣きだしてしまった。
──流風くん……本当に行っちゃったんだ……。
ふたりのところに降りて行くこともできず、呆然と立ちつくす。
「こんなの、あんまりだよな……」
いつの間にか、海翔くんがそばにいた。
「海翔くんは……知ってた?」
「いや。今朝、じいさんから聞いた。
流風の親戚があいつをスイスの学校に入学させることに決めたらしい。
不登校の頃を思い出させたくないから、俺たちに連絡先も教えないんだってさ。
ったく、なんでこんな急に……」
「スイスの学校……」
──違う。それはきっとマサミチさんのウソだ……。
マサミチさんがふたりにウソをついているとすぐにわかった。
だけど、マサミチさんがなにを知っていて、なにを隠しているのか……
そこまでは、わたしにもわからなかった。
朝食が終わると、海翔くんも美雨ちゃんも自分の部屋に閉じこもってしまった。
「やっぱり、ショックだったみたいだね」
ダイニングテーブルで、マサミチさんが寂しそうな笑顔でわたしに言う。
「あまりに突然でしたから……ムリもないと思います」
食器を下げながら、わたしは言った。
「でも今日はせっかくの日曜日ですよ。
海翔も美雨も、家にこもらないで遊びに行けばいいのに」
「とてもそんな気分になれないんじゃあ……」
「僕はこれから公園まで散歩に行くよ。よかったら、比呂さんも来ませんか?」
「え……」
「あなたにまで閉じこもられたら、家の中が暗くなってしまう。
僕の散歩に付きあってくれないかな?」
「マサミチさん……」
──もしかしたら……
マサミチさんはわたしに流風くんのことを話そうとしているのかもしれない。
「では……朝食の片づけが済んだら、お声かけします」
「うん、よろしくね」
マサミチさんは柔らかく微笑んで立ちあがると、ダイニングを出て行った。
──流風くんが去った本当の意味が……流風くんの真実がわかるかもしれない。
緊張しているのか、わたしは少し息苦しさを感じていた。
しばらく公園の中をマサミチさんと歩き、木かげにあるベンチのところまでやって来た。
「よくこのベンチで休憩するんですよ。さ、どうぞ」
「はい……」
わたしが座ると、マサミチさんもゆっくりと腰を下ろしながら、
かぶっていたオシャレな中折れ帽を取った。
「……ああ、いい天気だ」
空を見あげて目を細めたマサミチさんの顔は、
なんだか幸せそうにも悲しそうにも見える。
「じつは、僕も流風がいないことを知ったのは今朝なんですよ」
空に目をやったままで、マサミチさんが口を開く。
「えっ、そうなんですか?」
「ええ。置き手紙が僕の机の上にあって……。
今日までありがとうだとか、みんなに元気でと伝えてほしいとか……
さらっと数行書いてあるだけでした」
──たったそれだけなんて……。
「そんなのって……寂しいです……」
「……この日が来るのはわかっていました。こんな感じの別れになるだろうってことも。
でも……そうですね、想像以上に寂しいな」
小さく笑って言い、マサミチさんがわたしを見る。
「比呂さんは、流風がいなくなるのを知っていたんですね?」
「えっ……」
──マサミチさんが気づいてる……? どうして?
「は、はい……。でも、知ったのは昨日の深夜です。流風くんに、突然別れを告げられて……」
疑問に思いながらも、正直に答えた。
「昨日……。やはりそうですか……。
流風はそのとき、僕たちと別れることを決めたんだね」
──そのとき……決めた?
「あの……それはどういう意味なんでしょうか」
「流風はたぶん、あなたを助けるためにここにいたんですよ」
「……」
──わたしを……助けるために……。
一瞬、思いもしないことのように感じた。
だけど実際、流風くんがいなければ、
わたしはこの世界でどうなっていたかわからない。
古葉村邸の前で、流風くんに出会わなければ……。
──そうだ……。流風くんはわたしを助けてくれたんだ……。
「マサミチさん、教えてください。流風くんのことを……」
わたしが言うと、マサミチさんはうなずいてくれた。
「……かなり昔の話になります」
そう言って話しはじめたのは、マサミチさんが子どもの頃の話だった。
「僕が流風や美雨くらいの年頃だったとき、
ひとりの男の子が僕の話し相手として屋敷に住むことになったんです。
当時、僕は身体が弱くて学校も休みがちだったから、
同じくらいの子が来てくれたのはとっても嬉しくて……。
彼を連れてきてくれた僕の父親には、その子についてなにも聞かなかった。
どこから来たのか、どうして彼は学校に行かなくていいのか……
そんなことは気にもせずに、毎日、ふたりで勉強したり遊んだりしてましたよ。
だけど、彼との楽しい日々は1年ぐらいで終わりました。
ある日突然、別れを告げられて……翌朝、彼はいなくなっていたんです。
ボクのことを忘れないで……と最後に言って」
わたしはなにも言えずに、マサミチさんの話を聞いていた。
もしかしたら、と、まさか、が頭の中でうごめいている。
「マサミチさん……その男の子って……」
「そうです。その子が流風です。
流風は永遠に10歳の男の子のままなんです」
──永遠に……10歳の男の子……。
呆然とするわたしの隣で、マサミチさんは静かに言葉を続ける。
「この歳になるまで、流風のことは忘れていました。
彼との出会いが、なんだか夢だったような気がしてね。
ところがある日、玄関のドアを開けるとそこに笑顔の男の子が立っていて……
流風と名乗り、古葉村家に住まわせてほしいと言ったんです」
「そして、流風くんをお屋敷に……?」
「はい。すぐに昔のことを思い出しましたから。海翔や美雨を納得させる理由を考えるのは大変でしたけどね」
マサミチさんは愉快そうに笑った。
「結局……流風くんは……永遠に子どものままの流風くんって、何者なんですか?」
「さあ……わたしにもわかりません。昔の話をしようとすると、いつも流風にごまかされましたから……。
でもただひとつ、はっきりしているのは……
子どもの頃、流風は時間の迷子になりそうになっていたわたしを助けてくれたということです」
「時間の……迷子? ……あっ」
昨日の晩、流風くんが言っていた言葉……
『……比呂ちゃんはもう迷子じゃないんだね』
──確かに、流風くんはそう言った……。
「子どもの頃、もともと僕に備わっていた力なのか、
なにか別の力なのかはわかりませんが……
僕はふと違う時間を垣間見ることがよくあったんです」
「違う時間を……」
「でもそれが流風と出会ってからは、なくなりました。
流風がいなかったら、僕はなにかのタイミングで
ほかの時間に行ってしまったんじゃないかと思うんです……」
「……」
同じようなことがわたしにもあった。
仕事中、ふとした拍子に洋館をリアルに感じた。
そして、ある瞬間、わたしは本当に洋館の前に立っていた。
7年前の洋館の前に──。
「……疑わないんですね、こんな突拍子もない話」
マサミチさんが、ちょっといたずらっぽく肩をすくめる。
「疑ってなんかいません。本当のことだと思います」
「それは……あなたが時間の迷子だから?」
「……はい」
さらりと訊かれた質問に、わたしも自然に答える。
「……そうなんですね」
マサミチさんは、驚きもせずにうなずいた。
「これは想像でしかないんだけどね……
流風はきっと、自分の道を見つけるときまで、そばにいてくれるんだと思います。
比呂さんは自分の道を見つけたんだね?」
──自分の道……。
「……それはわかりません。でも……
これまでと違って、今のわたしはなにも迷ってはいません」
海翔くんのことを思い浮かべながら、きっぱりとそう言った──。
マサミチさんと公園を出て、古葉村邸までの道を歩いている。
「流風くん、今はどこにいるんでしょうね」
わたしが言うと、マサミチさんはうーんと腕組みをする。
「さて、どこでしょう。本当に外国だったりしてね」
「流風くん、何カ国語も話せるから、どこの国でも大丈夫ですね」
「ははっ、確かに」
わたしはマサミチさんと一緒に笑った。
それと同時に、少し涙ぐみそうになる。
「もう、二度と……流風くんに会えないのかな……」
思わずこぼれたつぶやきに、マサミチさんが首をかしげる。
「おや? 僕はムリかもしれないけれど、比呂さんは会えるんじゃないですか?」
「えっ?」
「子どもの頃、僕は別れ際に言われたんだけどな。
いつかまた会えるって……」
「あ……」
『大丈夫だよ、比呂ちゃん。きっと、いつかまた会えるから』
──流風くんはわたしにそう言った……。
「どんな形でかはわからないけど、流風がまた迷子になっている人を助けるとき……比呂さんの力を借りるのかもしれないね」
「そうですね……」
もしかしたら、本当にそんな日が来るのかもしれない。
もしもわたしがこのまま消えずにいられれば……
また流風くんの笑顔を見られる日が来るのかもしれない……。
「あ、昨日決まらなかった、海翔に贈るオルゴールのケースですが……。
店に頼むのはやめて、アンティークの小箱でもいいでしょうか?」
「えっ、アンティークの……?」
「前に旅行先で買った、1800年代のフランス製のものがあるんです。
それにシリンダーをセットしてもらうのはどうでしょう?」
──アンティークの小箱……きっと、あの木箱のことだ。
高校生の美雨ちゃんに渡されたオルゴールが目に浮かぶ。
──海翔くんの曲があの小箱におさまる……。
──そのときはもう、海翔くんはオーディションに合格して、夢への一歩を踏みだしているんだ……。
「……素敵だと思います。世界でたったひとつのオルゴールになりますね。
美雨ちゃんもきっと賛成してくれるんじゃないでしょうか」
「だといいな。今はプンプンして、かなり機嫌が悪いですけど」
「ええ……」
わたしたちは思わず顔を見合わせ、微笑んだ──。
(BGM・効果音有り)動画版はこちらになります。
https://youtu.be/GHQbKH6nlt4
お読みくださり、ありがとうございます。
【海色の未来】マガジンもございます。目次代わりにお使いいただけると幸いです。
https://note.com/seraho/m/ma30da3f97846
4章までのあらすじはこちら
https://note.com/seraho/n/ndc3cf8d7970c
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