SFラブストーリー【海色の未来】9章(前編)
過去にある
わたしの未来がはじまる──
穏やかに癒されるSFラブストーリー
☆テキストは動画シナリオの書き起こしです。
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(Youtubeの方が内容先行しておりますので、再生を続けてnote数話分を先読みすることも可能です。)
スマホが消えてしまった翌朝。
家の中のことをひととおり済ませ、食材の買い出しに近所のスーパーへ出かけることにした。
いつもはせかせかと通りすぎてしまうポプラ並木を、今日はゆっくり歩いてみる。
木かげの道を風が吹きぬけ、暑さはほとんど感じない。
澄みきった空や日差しにも、なんとなく秋の色がまざりはじめた気がする。
夏が終わったと言うには、まだ早すぎるけれど……
スコールみたいなお天気雨の中、洋館の前ではじめて海翔くんに会ったのが
ずいぶん昔に思えてしまう。
──ほんの短い間に、いろんなことがあった……。
最初の頃、愛想はないし、すぐ不機嫌になる海翔くんとは
話すのさえなんだかひやひやして……。
だけど、海翔くんと暮らすうちに、自然と彼に惹かれていった。
そして今はもう、わたしにとってなによりも大切な存在になっている。
かけがえのない大切な人に……。
──わたし、消えちゃうのかな。
──これ以上、海翔くんのそばにはいられないのかな……。
気がつけば、ポプラの木の幹にもたれるようにして立っていた。
絶え間ない木々のざわめきが、心を揺さぶり続ける。
「イヤだ……。海翔くんと離れたくないよ……」
言葉がこぼれるのと一緒に、涙があふれる。
こんな道ばたで泣きたくないと思った。
だけど、本当の居場所がないわたしは、
こんなところでしか気の済むまで泣くことができないのもわかっていた──。
夕方──。
わたしは夕食の下準備を終え、海翔くんの部屋へ向かっていた。
曲がオルゴールのメロディに近づくにつれ、わたしのものが消えてしまう。
そのことを海翔くんに話す決心をした。
──思い切って打ちあけて……そして……
オーディションは今のままの曲で出てもらおう。
──そうすればきっと、これ以上なにも消えない。
──わたしも……きっと……。
納得のいかない曲でオーディションに出てほしいなんて、本当は言いたくない。
──でも、こうするしかないんだ。あの曲を未完成にしておくしか……。
──だけどもし、そのことで海翔くんの運命を大きく変えてしまったら……。
決めたはずの心が、また頼りなく迷いだす。
──もうさんざん悩んだのに……。
そう思いながら、階段をのぼろうとしたとき──
「あ……っ」
ひとりテラスのほうへ歩く海翔くんの姿が見えた。
──庭へ行くつもりなのかな……。
海翔くんを追い、わたしもテラスへ向かった。
海翔くんはテラスを抜け、庭に出ていた。
「海翔くん……」
「……あ、比呂」
後ろから声をかけると、振り向いた海翔くんが小さく微笑む。
「なに見てるの?」
海翔くんの横に行く。
「いや……別に。なんとなく、空、眺めてただけ」
「そう……」
見あげるほどに高く生いしげる庭の木々の向こうに、雲の底を夕日色に染めた淡く輝く空が見える。
心に悩みがなければ、どんなに幸せな気持ちにしてくれたかもしれない、透きとおるようにきれいな景色。
だけどその景色は、今はただ哀しいだけの眺めに思える。
──あのことを話さないと……。
そう思ったけれど──
「あのさ……」
先に口を開いたのは海翔くんのほうだった。
「俺、今まで怖くて聞けなかったことがある……」
「えっ……? 怖い……?」
「うん……」
海翔くんは、おどけるように肩をすくめてうなずいた。
「7年後の未来に……俺は……ちゃんと歌手になってる?」
穏やかな表情で訊かれる。
だけど目は真剣そのものだった。
「それは……」
「比呂があえて言わないようにしてるのはわかってる。でも、やっぱ気になって……」
「……」
──海翔くんはトップアーティストのハーヴになる。
だけどそれは、わたしが知ってる未来のひとつにすぎない。
もし、わたしがこの世界でなにか間違ったことをしたら……
その未来がどうなるかはわからない。
あのハーヴというアーティストが必ず存在しているかどうかはわからない……。
黙りこくるわたしを見て、ごめん、と言いながら海翔くんが頭をかく。
「困るよな、こんなの。少なくとも、俺は比呂がおぼえているような歌手にはなれてないみたいだな」
「そ、そんなこと……」
「ま、そうだとしてもいいんだ。今はやれるだけのことをやるだけだし。それに……」
ふいに海翔くんがわたしの頰に手をそえる。
「もし全力でやって歌がダメだったとしても、俺は比呂を守れる男になる。
それだけは約束する」
──約束……。
見あげるわたしと見おろす海翔くんの距離が近づく。
頰にそえられていた手が、わたしをゆっくり引きよせる。
ギターで少しかたくなった指の感触に胸が苦しくなった。
そのとき──
「ただいまーっ」
家の中から、美雨ちゃんの元気な声が響いてくる。
「!!」
お互い飛びのくように離れると同時に、美雨ちゃんがテラスから顔を出す。
「あれ……? ふたりでなにやってんのー?」
「なっ、なんにもしてねえよっ。あっ、そ、そろそろバイト行く準備しねえと……」
「う、うん。すぐ夕ご飯にするね」
「あ、いいや。バイト先で休憩中になんか食べるし。
じゃ、じゃあ俺、先にもどっとくな」
「は、はい……」
海翔くんがテラスへ行くと、美雨ちゃんが海翔くんの腕を引っぱる。
「ねえ、お兄ちゃんたち、なにしてたのー? ねえねえねえ」
「お前、ほんっとうるせー!」
じゃれあうようにしながらふたりが去ってしまうと、辺りがとたんに静かになる。
──はあ……。びっくりした……。
どうやら顔まで熱くなっている。
そんな自分がおかしくて、思わずクスッと笑った。
だけど、わたしの笑みは一瞬で消えてなくなってしまう。
──海翔くんはわたしを守ると言ってくれてるのに……。
──わたしは……海翔くんの邪魔をしているだけなのかもしれない……。
ゆっくり踵を返し、また空を見あげる。
しばらくの間、夕日が落ちるにつれ暗くなる空をひとり眺め続けた。
バイトへ行く海翔くんの見送りに、玄関先まで出てきた。
「じゃ、行ってくる」
「うん。いってらっしゃい……」
──結局、言えなかった……。
立ち去る海翔くんを見やりながら、しばらくその場に立ちつくしてしまう。
引き伸ばしても仕方ないのに、どうしても勇気が出せなかった。
──でも……夜勤が終われば、あとはずっと家にいるはずだし……。
──今日じゃなくても、明日、言えばいいんだ。
そう思うと、少しだけ気が楽になる。
とそのとき──
「比呂ちゃーん、見てもらいたいものがあるのー! ちょっと来てえー!」
2階のリビングの窓から、美雨ちゃんが大声でわたしを呼んだ。
「え? あ、はーい!」
──美雨ちゃん、どうしたのかな?
──いつにも増して楽しそう……。
きっとなにかいいことがあったんだろうと思いながら、家の中にもどった。
リビングに入ると、テーブルでパンフレットを見ていた美雨ちゃんとマサミチさんが顔をあげる。
「あ、比呂ちゃん来たー! 早くこっちー!」
上機嫌の美雨ちゃんがかけ寄り、わたしの手を引く。
「比呂さん、わざわざすみません」
マサミチさんもニコニコとわたしに笑顔を向ける。
「いえ、なにかご用ですか?」
「まあ、とりあえずこちらへ」
「はい」
──マサミチさんも美雨ちゃんにおとらず嬉しそう……。
マサミチさんの向かい側に腰を下ろすと、美雨ちゃんもわたしの隣にちょこんと座り、
「お兄ちゃんにはヒミツだよ」
と人差し指を口にあてる。
「秘密?」
「うん……あれ? おじいちゃん、流風は?」
「今、お風呂に入ってる。あがったらすぐに来ると思うよ。
で、比呂さん。とりあえずこれを見てくれるかな」
「あ、はい」
マサミチさんの差し出したパンフレットを手に取る。
──えっ……?
表紙の写真を目にしたとたん、言葉を失う。
それは、オルゴールの店のパンフレットだった。
「比呂ちゃんはどう思う?」
「美雨ちゃん……これは……?」
「オリジナルの曲でオルゴールを作ってくれるお店なんだって。
おじいちゃんが教えてくれたんだよ」
「海翔が今度のオーディションに合格したら、お祝いになにかプレゼントしたいって美雨に相談されましてね。
それなら海翔がオーディションで歌う曲をオーダーメイドのオルゴールにして、みんなからという形で贈ったらいいんじゃないかと」
「そう……ですか……」
胸が鈍い音を立てはじめ、パンフレットを持つ手が震えそうになる。
「わたし、すっごくいいアイデアだと思うんだ! 比呂ちゃんは?」
美雨ちゃんがわたしの顔をのぞき込む。
「う、うん……海翔くん、喜びそう……」
「だよねっ!」
「まあ、すべてオーディションに通ったらということで、かなり気の早い話なんですが……」
照れくさそうにマサミチさんが言う。
「大丈夫だよ! お兄ちゃんは絶対合格する!」
「美雨はいやに自信満々だね?」
「お兄ちゃんが今作ってる曲、メチャクチャいいから」
「あれ? いつの間に聞いたんだい?」
「へへ……気になったからお兄ちゃんの部屋をちょっとのぞいて……」
「こら。立ち聞きはよくないよ」
「だって……心配だったんだもん」
──美雨ちゃん……。
大好きなお兄ちゃんに絶対に夢を叶えてもらいたい気持ちと……
自分のせいで海翔くんが東京に行かなかったのを申し訳なく思う気持ち……
そのどちらもが、美雨ちゃんに立ち聞きをさせてしまったんだろう。
──それだけ、美雨ちゃんは海翔くんを思いやってるってことだよね……。
「でも、お兄ちゃんはもう大丈夫。あの曲で合格するに決まってる」
「ああ、そうだね」
マサミチさんが微笑みながらうなずく。
「比呂ちゃん、どのケースにするか選ぼうよ」
「えっ……う、うん……」
美雨ちゃんと一緒に、パンフレットのページをめくる。
「……どれもきれいだね」
わたしが言うと、美雨ちゃんが困った顔をする。
「そうなんだ。ホント、迷っちゃうよ」
「美雨、あと流風の意見も訊かないと」
「あー、そうだった。でも流風っていろいろこだわりがうるさそう」
「こんなことで流風とケンカしないんだよ?」
「もう、わかってる!」
ふたりが楽しそうに笑いあう。
──……海翔くんが作っているのは、オルゴールの曲……。
もちろん、そんな大事なことを忘れたときなんてないけれど……。
今、目の前で起こっている出来事に、その事実をあらためて突きつけられた気がした。
──そうだよね……。悩む必要なんてなかったんだ……。
わたしの心は、ゆっくりと答えを出しはじめていた。
(BGM・効果音有り)動画版はこちらになります。
https://youtu.be/rUSxzScs82s
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【海色の未来】マガジンもございます。目次代わりにお使いいただけると幸いです。
4章までのあらすじはこちら
https://note.com/seraho/n/ndc3cf8d7970c
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