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SFラブストーリー【海色の未来】6章(中編・下)

過去にある

わたしの未来がはじまる──

穏やかに癒されるSFラブストーリー

☆テキストは動画シナリオの書き起こしです。

動画再生で、BGMつきでお読みいただくこともできます。

Youtubeの方が内容先行しておりますので、再生を続けてnote数話分を先読みすることも可能です。)


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そして、夕方。

晩ごはんの下準備を終え、いったん部屋にもどってきた。


──仕事となると、料理も掃除もいい加減にはできないから、やっぱり大変だな……。


ホッと息を吐きながら、ソファに腰を下ろす。

疲れてはいたけれど、いつになく気分は充実している。


──やることがあるって嬉しい。それに……今日は歌が歌えた……。

──今までムリだったのが、ウソみたいだ……。


また歌えるようになったのは、わたしにとって歌の意味が変わったからかもしれない。

こんな状況のせいで、歌うことは成功とも失敗とも関係がなくなり、ただ単にわたしの好きなことになった。

そんな気楽さが、歌声の戻った理由なんだろうか。


──でも……もしかしたら、海翔くんのおかげなのかも。


海翔くんの歌が、わたしの中でかたくなに凝りかたまっていたなにかを壊したんだとしたら……彼は将来なんかじゃなく、今、すぐにでも世に出るべきだ。

そう思わせるくらいの力があるのに、海翔くんはこんな地方の街で暮らしている。


──チャンスは東京のほうが多いことくらい、海翔くんだってわかってるはずなのに。

──バンド活動に、こだわっているのかな。

──もしかすると、今はまだ曲作りに専念したいとか……?


いくら考えても理由がわからない。


──それにしても……わたしと一緒に歌える曲を作りたいって本気なのかな。


そのとき、部屋のドアが勢いよくノックされる音が響く。


「あ、はいっ」


ドアを開けると、そこにいたのは美雨ちゃんだった。

走ってきたのか、息をはずませている。


「美雨ちゃん、あわててどうし──」

「比呂ちゃん、部屋に入ってもいい!?」

「う、うん。いいけど……?」

「ねえ、比呂ちゃんがお兄ちゃんにすすめたんでしょ?」


興奮したように言いながら、美雨ちゃんがギュッと手をにぎってくる。


「すすめた? なにを?」

「お兄ちゃん、自分の部屋で久しぶりに作曲してるの!」

「え……っ」

──海翔くん、ホントに曲を作りはじめてるんだ……。本気でわたしと組むつもりで……?


美雨ちゃんは唖然としているわたしの手を引き、ソファのところまで連れて行った。


「わたしが後ろからくすぐっても、髪の毛ひっぱっても、お兄ちゃんパソコンに向かったまま、全然気づかないんだよ!」

「そ、そっか……」


止まらない勢いで話す美雨ちゃんの横に座り、話に耳をかたむけている。


「バンドがうまくいってなくて、ずっと悩んでたんだ。比呂ちゃん、どうやってお兄ちゃんにやる気出させたの?」

「なにも……ただ、海翔くんと歌っただけで……」

「じゃあ、比呂ちゃんの歌でスランプ脱出できたんだ! すごい!」


美雨ちゃんは飛び跳ねんばかりに大喜びしている。


「海翔くんが作曲をはじめたのが、どうしてそんなに嬉しいの?」


すると、美雨ちゃんは一瞬息を飲んだ。


「美雨ちゃん?」

「……心配だったの。お兄ちゃん、大学にも行かないで音楽に打ちこんできたんだよ。

それなのに最近、全然曲も作らないから……もうプロになるのあきらめちゃったのかなって……」

「それは大丈夫だよ。海翔くんは、歌で生きていくってはっきり決めてる。

いろいろ大変なこともあると思うけど、海翔くんは絶対にあきらめないよ」

「ホントに……?」

「うん」


うなずくわたしに、美雨ちゃんはホッとした笑顔を見せる。


「よかった……。お兄ちゃん、本当は東京に行きたかったのに、わたしのために家を出なかったから」

「え……? 美雨ちゃんのため……?」

「うん……」


美雨ちゃんは少しうつむき加減で話しはじめる。


「2年生のとき……お兄ちゃんとおじいちゃんがリビングで話してるの聞いちゃったんだ。

東京に行ったほうがいいっておじいちゃんがすすめても、お兄ちゃん、行きたいけど今は行けないって言うの。

わたしがまだ小さいから……お父さんもお母さんもいないのに、寂しい思いをさせたくないって」

「海翔くんが……」

──そうか……それで海翔くんはこの街に……。

「聞いたときは意味がよくわからなくて……。お兄ちゃんが遠くに行かなくてよかったとしか思わなかったんだ。

でもそれって、自分の夢をわたしのためにあとまわしにしたってことだったんだよね……だけど……」


ずっとうつむいていた美雨ちゃんが顔をあげ、わたしを見た。


「わたし、もうお兄ちゃんがいなくても大丈夫。来年は5年生だもんね。

それにお兄ちゃんが東京に行っても、おじいちゃんと流風もいるし……だから、大丈夫」


美雨ちゃんは自分に言い聞かせるように言った。


「美雨ちゃん……」


笑顔だけれど、ちょっとムリをしているのかもしれない。

それでも美雨ちゃんが海翔くんの夢を応援したいと思う気持ちが、胸に強く伝わってくる。


「比呂ちゃん……」

「ん? なに?」

「これからも、お兄ちゃんが夢を叶えるのに力をかしてあげてね」

「えっ……」

「お願い!」

「……う、うん……もちろん」

「ありがとう!」


美雨ちゃんはわたしのぎこちなさには気づかず、嬉しそうにはしゃいでいる。

海翔くんの力になれるのなら、なんでもしたいと思う。

だけど、海翔くんとグループになることだけはできない。

絶対にムリだ。

だってわたしは、本当はこの時間にいるはずのない人間なのだから──。



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夕食の時間になっても、海翔くんは食堂に下りてこなかった。


「海翔のやつが食事時に来ないなんて珍しいな。明日は雨に違いないね」


マサミチさんが、おかしそうに笑いながら言う。


「何度も呼んだんだけど、お兄ちゃんこっちも見ないで、『んー、わかったー』ばっかりなんだよ」

「ボクも海翔の部屋をのぞいたんだ。ベッドで跳ねても、ギターさわっても、全然気がつかなかったよ。

いつもだったら、勝手に入ってくんなって怒鳴られるのに」


美雨ちゃんと流風くんが口々に言うと、マサミチさんはさらに笑顔になる。


「それだけ曲作りに夢中なんだよ。久しぶりにどんなものができあがってくるのか楽しみだね」

「うん。ボク、海翔の作る曲、好きだよ」

「わたしも! お兄ちゃんの歌が大好き!」

──海翔くんがまた夢に向かって動きだしたことが、みんな嬉しくてたまらないみたい。

──もちろん、あれだけの才能があれば誰だって応援したくなる。

──それは、わたしにもわかるんだけど……。

「比呂さんが海翔のスランプを終わらせてくれたそうだね? 本当にどうもありがとう」

「い、いえ……偶然というか……わたし、なにもしてないんです」

「これからも海翔の力になってやってください」

「え……っ」

──美雨ちゃんだけじゃなく、マサミチさんまで……。


責任、と言えば大げさだけど、それに近いものを感じてしまう。


「……あ、わたし、あとで海翔くんの部屋に食事を持っていきますね。

なにも食べないんじゃ、やっぱり作業もはかどらないと思うし……」


とっさにそう口が動き、わたしは返事をごまかしていた。


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夕食のあと、海翔くんの食事をトレイにのせ、彼の部屋へ向かう。


──海翔くんの力にはなりたい……。

──でも、かかわりすぎちゃいけない。

──海翔くんはきっとこれから、たくさんの人に知られるようになっていく。

──そんな海翔くんのそばに、わたしみたいな身元がはっきりしない人間がいることが知れたら……いったい、どんな騒ぎになるかわからない……。


「比呂ちゃん」


後ろから声をかけてきたのは、流風くんだった。


「ボクも一緒に海翔の様子、見に行きたい」

「いいけど、海翔くんの邪魔したらダメだよ」

「平気だって。海翔、なにしても気づかないんだから」


流風くんがニコッと笑う。


「食事を置いたら、すぐ部屋を出るからね」

「うん、わかってる」


流風くんとふたり、廊下を歩きだす。


──そういえば流風くん、夕食の時間まで、ずっと姿を見なかったな。

「流風くん。今日はどこに行ってたの?」

「植物園だよ。スウェーデン語の先生と会ってたんだ。遠足がてら、たまには外で授業しようかって」

「スウェーデン語……? そんなのまで勉強してるの?」

「でも、ほとんどマスターしてるから、スウェーデン語の授業はたまに受けるだけ。少しは会話しとかないと忘れちゃうからね」

「な、なるほど……」

──たぶん英語、フランス語あたりはもう完璧なんだろうな。

──想像以上の天才少年だ……。

「ボクね、スウェーデン語の単語が好きなんだ。ちょっとカッコいいと思わない?」

「えっと……ごめん。知らなすぎて、カッコいいとか全然わかんない……」

「そうだなあ、たとえば……あ、前に海翔がバンドの名前つけようとしてて、スウェーデン語で、なんかよさそうなのないかって訊かれたんだ。

そのときに教えてあげたヤツなんだけど」

「へえ、どんなの?」

「ハーヴだよ」

「え……」


──ハーヴ……?


すぐに思い出したのは、シンガーソングライターのハーヴだった。


「バンド名……それにはならなかったの?」

「海翔は気に入ってくれたんだけど、ほかのメンバーに却下されたんだって」

「そう……」


音楽の世界で知らない人はいないスター、ハーヴ。


──まさか、海翔くんが7年後のハーヴ……? 

7年後、海翔くんは26歳。ハーヴと同じ年だ。

そしてなにより、あの人をいきなり引きこんでしまう歌声……。

──どうして気がつかなかったんだろう……。

──そうだよ……。海翔くんがハーヴなんだ……。


「比呂ちゃん?」


立ち止まってしまったわたしを、流風くんが見あげている。


「……あ、ごめん。早く行かないと……ご飯が冷めるね」

「うん」


先に歩きだした流風くんだったけれど、ふいに得意げな顔で振りかえる。


「ハーヴってね……海、っていう意味なんだ」

──海……。

「そっか……素敵だね」


わたしは胸の音が、だんだんと大きくなっていくのを感じていた。




BGM・効果音有り)動画版はこちらになります。
https://youtu.be/OSKq-xzHDH8

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【海色の未来】マガジンもございます。目次代わりにお使いいただけると幸いです。

4章までのあらすじはこちら。
https://note.com/seraho/n/ndc3cf8d7970c

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予告編:2分弱)
https://youtu.be/9T8k-ItbdRA

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