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SFラブストーリー【海色の未来】8章(後編・下)

過去にある

わたしの未来がはじまる──

穏やかに癒されるSFラブストーリー

☆テキストは動画シナリオの書き起こしです。
動画再生で、BGMつきでお読みいただくこともできます。

(Youtubeの方が内容先行しておりますので、再生を続けてnote数話分を先読みすることも可能です。)

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その日、夕食の時間。

みんなとテーブルを囲んでいるものの、食事が喉を通らない。


──ハーモニカが消えるなんて……。まさか、そんなこと……。


あのとき目の前で起こった光景が、未だに頭から離れない。


「今日の時空間フォトニクスの講義、おもしろかったなあ。ボクの立てた仮説が先生の仮説と同じで、物理パラメーターを──」

「流風、ご飯食べてるのに難しいこと言うのやめてよ」


美雨ちゃんが苦いものでも飲みこんだような顔をする。


「美雨にもわかるように話すからさ」

「わかるわけないでしょ。ちょっとお兄ちゃん、なんとかしてっ」

「なんで俺? じいさんに頼めよ」


海翔くんが箸を止めることもなく言うと、マサミチさんはいつもの穏やかな笑みを浮かべる。


「僕としては流風の話、聞いてみたい気もするね」

「おじいちゃん!? ウソでしょー!?」

「ははっ、おじいちゃんが味方になってくれた。ボクの勝ちだね」

「はあ? 勝ち負け関係ないし!」


にぎやかなおしゃべりの中、わたしひとりだけがなにも言えずにいる。


「……比呂?」


向かいの席にいる海翔くんがわたしの様子に気づき、声をかけてくる。


「そういえば、ずっと黙ってますね。なにかあったんですか?」


マサミチさんに訊かれ、あわてて首を横に振る。


「い、いえ、なんでもないです」

「比呂ちゃん、どうかしたの?」

「なんだか元気ないよ?」


両隣の美雨ちゃんと流風くんにも、不安げに顔をのぞき込まれてしまう。


──いけない、みんな心配してる……。

「ちょっとぼんやりしてただけ。それより、いいお知らせ。

もうすぐ海翔くんの曲ができるんだよ」

「えっ、ホント? 海翔、やったね」

「おめでとう! お兄ちゃん!」


流風くんと美雨ちゃんに言われ、海翔くんが得意そうな笑顔になる。


「とりあえず、1次の音源審査は楽勝だな」

「お兄ちゃん、比呂ちゃんとオーディションに出るんだよね! すっごく楽しみ!」


嬉しそうに美雨ちゃんは言ったけれど……


「いや、出るのは俺ひとりだ」

「え、ウソ……?」


とたんに美雨ちゃんの表情がかげる。


「なんでなの? ね、比呂ちゃん、どうして?」

「そ……それは……」

「俺と比呂で話し合った結果なんだ」


わたしに代わって、海翔くんが答えた。


「そんなあ……。お兄ちゃんと比呂ちゃんがいっしょにデビューするんだとばっかり思ってた……」

「ごめんね、美雨ちゃん……」

「わたし、ホントに楽しみにしてたんだよ?」

「美雨。海翔と比呂さんがそう決めたんだ。僕たちがどうこう言うことじゃないよ」


マサミチさんが、しょんぼりしている美雨ちゃんをなだめてくれる。


「でも……ねえ、お兄ちゃん、比呂ちゃん。どうしてもダメなの?」

「美雨ってホント、子どもだよなあ。聞き分けないよね」


流風くんがあきれたと言わんばかりに、肩をすくめながら笑う。


「なに、その態度!? 偉そう! ムカつくー!」

「ほらほら、そういうところだって」

「流風っ!」

「ふ、ふたりともケンカしないで……」

──せめて、美雨ちゃんにはがっかりさせないように、先に言っておけばよかった。

──悪いことしたな。ハーモニカのことがあったから、余裕がなくて……。

──ハーモニカ……あっ……!


そのとき、頭の中でごちゃごちゃになっていたものが、突然すべてつながった。

バスルームでなくなったバレッタ

見つからない腕時計

そして、目の前で消えたハーモニカ

7年後の世界からわたしと一緒にやって来たものが、少しずつ消えていっている。

だんだんと曲の完成が近づき、海翔くんのデビューが現実味をおびてくるにつれて……

7年後のものが、ひとつ、ひとつ……。

消える順番はわからない。

だけど……


──もしかしたら……わたしもいつか、この世界から……消える?


気がつけば、椅子から立ちあがっていた。


「比呂さん……?」

「比呂ちゃん、顔色が真っ青だ……」

「ホントだっ! 比呂ちゃん、どうしたの!?」

「比呂!? 大丈夫か!?」


海翔くんがあわててそばにくる。

そして、倒れると思ったのか、わたしの肩を支えた。


「うん……。ちょっと部屋で休んでくる……」


なんとかそれだけ言うと、わたしは海翔くんから離れ、おぼつかない足取りで食堂を出た。


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食堂から部屋にもどり、わたしはベッドで横になっていた。

なにかがのしかかっているように胸が苦しい。


──もしも、わたしの考えていることが正しかったら……。

──わたしは……どうなるんだろう……。


思わず寒気をおぼえたとき……

部屋のドアがノックされる。


「どうぞ……」

「比呂、大丈夫か?」


ドアが開き、海翔くんが入ってくる。


「海翔くん……」

「まだ調子悪そうだな」


ベッドサイドにやって来た海翔くんは、かがんでわたしの額に手を置く。


「熱はない……っていうか、冷たいくらいだな」


大きな手にわたしの額がすっぽり包まれる。

海翔くんにそんなふうにされたのは、はじめてだった。


「ほとんど食べてなかったけど、なんか食いたいもんでもある?」

「ううん、大丈夫……」


手のひらのあたたかさに、苦しかった気持ちがゆっくりとやわらいでくる。


「疲れが出たのかな」


海翔くんは言いながら、そっと掛け布団をかけ直してくれる。


「……なんだか、今日は海翔くんのほうが年上みたいだね」

「っていうか……比呂と俺って、本当は同い年なんだよな」

「あ、そうだった。本当は……ね」


今、東京には19歳のわたしがいるはずだった。

海翔くんのことも、この街のことも知らずに暮らしている、19のわたしが……。


「普通に出会ってたら、俺たちどうなってたんだろうな」


海翔くんは小さく笑うと、わたしから離れ、ベッドの端に腰を下ろす。


──普通に出会ってたら……。


それが何歳のときだったとしても、普通に海翔くんに出会えたなら……

わたしは海翔くんを好きになっていたんだろうか。

海翔くんはわたしを好きになってくれたんだろうか……。

考えてみたけれど、そんなわたしたちの姿は想像もできなかった。


──こうして出会って、好きになるしかなかったような気がする……。


ベッドで後ろに手をついて座る海翔くんの横顔を眺める。

こうやって黙っていれば大人びて見えるのに、話しだせばとたんに子どもっぽいことを言いだす、ちょっと変わった男の子。

だけど、わたしが大好きな男の子……。


──海翔くんはどんな大人になるのかな。

──普段のハーヴは……いったいどんな人だったんだろう。

──今から7年たったとき、ハーヴを陰から支えているわたしはいるのかな……。

──それとも……。

「海翔くん……」

「ん? なに?」

「これから曲作りの続きしよう」

「いいよ、ムリすんなって」

「平気だよ。もう元気になったから」


笑顔を作り、ベッドから降りる。


──怖いけど……確かめるしかない。

──わたしの考えていることが、本当かどうかを……。



海翔くんは自分の部屋からギターを持って来ると、さっそくテーブルに楽譜を広げた。

わたしも海翔くんの隣に腰を下ろし、譜面をのぞき込む。


──もう曲は、ほぼ完成のレベルだ。でも……。

「ここのフレーズなんだけどさ……」


海翔くんの指が楽譜をなぞり、その数小節をギターで弾いた。


「悪かないんだけど、なんかしっくりこないっていうか……。変えたほうがいいのかな」

「そうだね……」


わたしが予想していたとおりのことを、海翔くんが口にする。

海翔くんが指し示したフレーズ。

それは、オルゴールとは違っていたけれど、海翔くんの言うように悪くはなく、わたしは今のままでも問題ないと思っていた部分だった。


「海翔くんが納得いかないなら……少し変えてみようか」

「ああ、やってみる」

「がんばって……」


海翔くんがギターを鳴らし、いろいろなフレーズを試している。

何気ないふりをしているけれど、わたしの胸は苦しく波立っている。


──メロディが、また少しオルゴールの曲に近づけば……なにかが起こるかもしれない……。


そのときだった。

海翔くんのギターが、新しいメロディを……

オルゴールとほとんど同じメロディを奏でた……。


「比呂、今のどう思う?」


海翔くんがパッと顔を輝かせてわたしに訊く。


「……いいと思う」

「前のよりずっといいよな!」

「うん……」

「ちょっとアタマから通してみる」


ギターを構えなおし、海翔くんが曲を最初から弾きはじめる。

その姿は本当に嬉しそうで、手応えを感じているのか、表情は自信に満ちている。


──今……なにかが……起こる……?

次の瞬間──


「……!」


海翔くんの手元で、いきなりギターの弦が切れた。


「マジかよ……。ちょっと部屋で直してくる」


ため息まじりに立ちあがり、海翔くんが部屋を出て行った。


──びっくりした……。


まだドキドキしている胸に手をあてながら、テーブルの楽譜に目を落とす。


──あと少しで曲ができあがる。きっともう、わたしがなにも言わなかったとしても……。


そう思ったとき、視界の隅でなにかが揺らめく気配がする。


──なに……? 今、なにかが……。


確かめようと周りを見渡す。

すると……


「あっ……!」


ベッドのサイドテーブルに置きっぱなしのスマホが、だんだんと色を失うのが目に入る。

充電することもできず、目覚ましがわりにもならなかった7年後の世界のスマホ。

それが少しずつ輪郭を失っている。


「ウソ……ヤダ……っ!」


わたしはサイドテーブルにかけ寄り、もう色も形もすっかりぼやけているスマホをつかんだ。


──お願い、消えないで……!


だけど……

手の中にある、その重みのない四角い板は……

まるで雪が溶けるみたいに消えてしまった──。




BGM・効果音有り)動画版はこちらになります。
https://youtu.be/LUt7BxTYUwQ

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お読みくださり、ありがとうございます。

【海色の未来】マガジンもございます。目次代わりにお使いいただけると幸いです。

https://note.com/seraho/m/ma30da3f97846

4章までのあらすじはこちら
https://note.com/seraho/n/ndc3cf8d7970c

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予告編:2分弱
https://youtu.be/9T8k-ItbdRA

再生リスト
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