SFラブストーリー【海色の未来】8章(後編・下)
過去にある
わたしの未来がはじまる──
穏やかに癒されるSFラブストーリー
☆テキストは動画シナリオの書き起こしです。
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その日、夕食の時間。
みんなとテーブルを囲んでいるものの、食事が喉を通らない。
──ハーモニカが消えるなんて……。まさか、そんなこと……。
あのとき目の前で起こった光景が、未だに頭から離れない。
「今日の時空間フォトニクスの講義、おもしろかったなあ。ボクの立てた仮説が先生の仮説と同じで、物理パラメーターを──」
「流風、ご飯食べてるのに難しいこと言うのやめてよ」
美雨ちゃんが苦いものでも飲みこんだような顔をする。
「美雨にもわかるように話すからさ」
「わかるわけないでしょ。ちょっとお兄ちゃん、なんとかしてっ」
「なんで俺? じいさんに頼めよ」
海翔くんが箸を止めることもなく言うと、マサミチさんはいつもの穏やかな笑みを浮かべる。
「僕としては流風の話、聞いてみたい気もするね」
「おじいちゃん!? ウソでしょー!?」
「ははっ、おじいちゃんが味方になってくれた。ボクの勝ちだね」
「はあ? 勝ち負け関係ないし!」
にぎやかなおしゃべりの中、わたしひとりだけがなにも言えずにいる。
「……比呂?」
向かいの席にいる海翔くんがわたしの様子に気づき、声をかけてくる。
「そういえば、ずっと黙ってますね。なにかあったんですか?」
マサミチさんに訊かれ、あわてて首を横に振る。
「い、いえ、なんでもないです」
「比呂ちゃん、どうかしたの?」
「なんだか元気ないよ?」
両隣の美雨ちゃんと流風くんにも、不安げに顔をのぞき込まれてしまう。
──いけない、みんな心配してる……。
「ちょっとぼんやりしてただけ。それより、いいお知らせ。
もうすぐ海翔くんの曲ができるんだよ」
「えっ、ホント? 海翔、やったね」
「おめでとう! お兄ちゃん!」
流風くんと美雨ちゃんに言われ、海翔くんが得意そうな笑顔になる。
「とりあえず、1次の音源審査は楽勝だな」
「お兄ちゃん、比呂ちゃんとオーディションに出るんだよね! すっごく楽しみ!」
嬉しそうに美雨ちゃんは言ったけれど……
「いや、出るのは俺ひとりだ」
「え、ウソ……?」
とたんに美雨ちゃんの表情がかげる。
「なんでなの? ね、比呂ちゃん、どうして?」
「そ……それは……」
「俺と比呂で話し合った結果なんだ」
わたしに代わって、海翔くんが答えた。
「そんなあ……。お兄ちゃんと比呂ちゃんがいっしょにデビューするんだとばっかり思ってた……」
「ごめんね、美雨ちゃん……」
「わたし、ホントに楽しみにしてたんだよ?」
「美雨。海翔と比呂さんがそう決めたんだ。僕たちがどうこう言うことじゃないよ」
マサミチさんが、しょんぼりしている美雨ちゃんをなだめてくれる。
「でも……ねえ、お兄ちゃん、比呂ちゃん。どうしてもダメなの?」
「美雨ってホント、子どもだよなあ。聞き分けないよね」
流風くんがあきれたと言わんばかりに、肩をすくめながら笑う。
「なに、その態度!? 偉そう! ムカつくー!」
「ほらほら、そういうところだって」
「流風っ!」
「ふ、ふたりともケンカしないで……」
──せめて、美雨ちゃんにはがっかりさせないように、先に言っておけばよかった。
──悪いことしたな。ハーモニカのことがあったから、余裕がなくて……。
──ハーモニカ……あっ……!
そのとき、頭の中でごちゃごちゃになっていたものが、突然すべてつながった。
バスルームでなくなったバレッタ
見つからない腕時計
そして、目の前で消えたハーモニカ
7年後の世界からわたしと一緒にやって来たものが、少しずつ消えていっている。
だんだんと曲の完成が近づき、海翔くんのデビューが現実味をおびてくるにつれて……
7年後のものが、ひとつ、ひとつ……。
消える順番はわからない。
だけど……
──もしかしたら……わたしもいつか、この世界から……消える?
気がつけば、椅子から立ちあがっていた。
「比呂さん……?」
「比呂ちゃん、顔色が真っ青だ……」
「ホントだっ! 比呂ちゃん、どうしたの!?」
「比呂!? 大丈夫か!?」
海翔くんがあわててそばにくる。
そして、倒れると思ったのか、わたしの肩を支えた。
「うん……。ちょっと部屋で休んでくる……」
なんとかそれだけ言うと、わたしは海翔くんから離れ、おぼつかない足取りで食堂を出た。
食堂から部屋にもどり、わたしはベッドで横になっていた。
なにかがのしかかっているように胸が苦しい。
──もしも、わたしの考えていることが正しかったら……。
──わたしは……どうなるんだろう……。
思わず寒気をおぼえたとき……
部屋のドアがノックされる。
「どうぞ……」
「比呂、大丈夫か?」
ドアが開き、海翔くんが入ってくる。
「海翔くん……」
「まだ調子悪そうだな」
ベッドサイドにやって来た海翔くんは、かがんでわたしの額に手を置く。
「熱はない……っていうか、冷たいくらいだな」
大きな手にわたしの額がすっぽり包まれる。
海翔くんにそんなふうにされたのは、はじめてだった。
「ほとんど食べてなかったけど、なんか食いたいもんでもある?」
「ううん、大丈夫……」
手のひらのあたたかさに、苦しかった気持ちがゆっくりとやわらいでくる。
「疲れが出たのかな」
海翔くんは言いながら、そっと掛け布団をかけ直してくれる。
「……なんだか、今日は海翔くんのほうが年上みたいだね」
「っていうか……比呂と俺って、本当は同い年なんだよな」
「あ、そうだった。本当は……ね」
今、東京には19歳のわたしがいるはずだった。
海翔くんのことも、この街のことも知らずに暮らしている、19のわたしが……。
「普通に出会ってたら、俺たちどうなってたんだろうな」
海翔くんは小さく笑うと、わたしから離れ、ベッドの端に腰を下ろす。
──普通に出会ってたら……。
それが何歳のときだったとしても、普通に海翔くんに出会えたなら……
わたしは海翔くんを好きになっていたんだろうか。
海翔くんはわたしを好きになってくれたんだろうか……。
考えてみたけれど、そんなわたしたちの姿は想像もできなかった。
──こうして出会って、好きになるしかなかったような気がする……。
ベッドで後ろに手をついて座る海翔くんの横顔を眺める。
こうやって黙っていれば大人びて見えるのに、話しだせばとたんに子どもっぽいことを言いだす、ちょっと変わった男の子。
だけど、わたしが大好きな男の子……。
──海翔くんはどんな大人になるのかな。
──普段のハーヴは……いったいどんな人だったんだろう。
──今から7年たったとき、ハーヴを陰から支えているわたしはいるのかな……。
──それとも……。
「海翔くん……」
「ん? なに?」
「これから曲作りの続きしよう」
「いいよ、ムリすんなって」
「平気だよ。もう元気になったから」
笑顔を作り、ベッドから降りる。
──怖いけど……確かめるしかない。
──わたしの考えていることが、本当かどうかを……。
海翔くんは自分の部屋からギターを持って来ると、さっそくテーブルに楽譜を広げた。
わたしも海翔くんの隣に腰を下ろし、譜面をのぞき込む。
──もう曲は、ほぼ完成のレベルだ。でも……。
「ここのフレーズなんだけどさ……」
海翔くんの指が楽譜をなぞり、その数小節をギターで弾いた。
「悪かないんだけど、なんかしっくりこないっていうか……。変えたほうがいいのかな」
「そうだね……」
わたしが予想していたとおりのことを、海翔くんが口にする。
海翔くんが指し示したフレーズ。
それは、オルゴールとは違っていたけれど、海翔くんの言うように悪くはなく、わたしは今のままでも問題ないと思っていた部分だった。
「海翔くんが納得いかないなら……少し変えてみようか」
「ああ、やってみる」
「がんばって……」
海翔くんがギターを鳴らし、いろいろなフレーズを試している。
何気ないふりをしているけれど、わたしの胸は苦しく波立っている。
──メロディが、また少しオルゴールの曲に近づけば……なにかが起こるかもしれない……。
そのときだった。
海翔くんのギターが、新しいメロディを……
オルゴールとほとんど同じメロディを奏でた……。
「比呂、今のどう思う?」
海翔くんがパッと顔を輝かせてわたしに訊く。
「……いいと思う」
「前のよりずっといいよな!」
「うん……」
「ちょっとアタマから通してみる」
ギターを構えなおし、海翔くんが曲を最初から弾きはじめる。
その姿は本当に嬉しそうで、手応えを感じているのか、表情は自信に満ちている。
──今……なにかが……起こる……?
次の瞬間──
「……!」
海翔くんの手元で、いきなりギターの弦が切れた。
「マジかよ……。ちょっと部屋で直してくる」
ため息まじりに立ちあがり、海翔くんが部屋を出て行った。
──びっくりした……。
まだドキドキしている胸に手をあてながら、テーブルの楽譜に目を落とす。
──あと少しで曲ができあがる。きっともう、わたしがなにも言わなかったとしても……。
そう思ったとき、視界の隅でなにかが揺らめく気配がする。
──なに……? 今、なにかが……。
確かめようと周りを見渡す。
すると……
「あっ……!」
ベッドのサイドテーブルに置きっぱなしのスマホが、だんだんと色を失うのが目に入る。
充電することもできず、目覚ましがわりにもならなかった7年後の世界のスマホ。
それが少しずつ輪郭を失っている。
「ウソ……ヤダ……っ!」
わたしはサイドテーブルにかけ寄り、もう色も形もすっかりぼやけているスマホをつかんだ。
──お願い、消えないで……!
だけど……
手の中にある、その重みのない四角い板は……
まるで雪が溶けるみたいに消えてしまった──。
(BGM・効果音有り)動画版はこちらになります。
https://youtu.be/LUt7BxTYUwQ
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お読みくださり、ありがとうございます。
【海色の未来】マガジンもございます。目次代わりにお使いいただけると幸いです。
https://note.com/seraho/m/ma30da3f97846
4章までのあらすじはこちら
https://note.com/seraho/n/ndc3cf8d7970c
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https://youtu.be/9T8k-ItbdRA
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