小説『肖像画』
都の美術館で肖像画を見つめながら考えていた。どうして、かつては似顔絵と呼んでいたものを肖像画と呼ぶようになったのだろう。いつからそう呼んで観るようになったのか。追憶してもたどり着きそうにない昔日の感覚を、閉館までに手繰り寄せようとしていた。
そういえば、かつての似顔絵には印象派も分離派もなかった。そこにあったのは絵画の魅力そのもののほとばしりだった。
人一倍に絵を描いてきたわけではない。人並みの観賞力がある自負もない。私にあった唯一のものは、絵画に関するいっさいの知識を伴わない透明な眼差しだった。
不意にそれは私の瞳に戻ってきた。奇しくも、私は幼児さながらなその眼差しを敬愛する友人の作品に向けている。だが、瞳に戻りつつあった透明な眼差しは、館内の静謐な空間に身を漂わせているうちに、いつの間にか溶け込んでなくなっていた。
それ以来、私が似顔絵と出会うことはなかった。
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