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【8月の美術館訪問】甲斐荘楠音の全貌


まず名前読めますか?

初見でカイショウクスネと読みました長月です。
一見では人の氏名と判断するのも難しいこちらのお名前は
甲斐荘 かいのしょう/楠音 ただおと
と読みます。しかも本名とのこと。(後に読みは同じで甲斐「庄」に変更)
気品が漂う響きです。
実際裕福な家系らしく、それは彼の作品や活動から感じ取ることが出来ます。

本展のチラシ。二種展開
裏もビジュアルが違うんです。両方ゲットしましょう

平日正午猛暑日、陽炎揺れる丸の内
地下道を歩けば良いのにわざわざ地上を歩き汗だくになりながら会場である東京ステーションギャラリーさんへ。
今回も事前にスマホ表示型のチケットを購入。入場口で表示したところ

かんざしがあんみつ姫みたい

あらま!
紙のチケットを引き換えに下さいました!
長月は素直に嬉しいんですこのサービス。
ビジュアルがレイアウトされたチケットって写真と同じくらいその時の記憶を甦らせてくれる力を持っていると思います。電子チケットやコピー機生まれの前売り券は便利な代わりに無愛想なのでイマイチ愛しさを感じられないのです。
ちなみにビジュアルは数種類用意されていました。(長月は【舞う】でした。)
他の絵柄が気になっても渡されたものが運命の一枚です。大切にしよう。

展示は3Fから始まり階下へ下りる順路となっております。これは東京ステーションギャラリーさんのお馴染みの展示法です。
レンガ造りの螺旋状の階段を下りる時、外観のままの東京駅のあの造りの中を歩いている感覚はこの美術館の一つの醍醐味だと思います。

1Fでロッカーに不要な荷物を入れ(重要)入場、エレベーターで3Fへ

おっと!いきなり大型の作品から出迎えられ、出鼻を「留められる」とでも言いましょうか。

【横櫛】
甲斐荘氏の代表作と言える作品です。
2作あり、仲良く並んで展示されているので見比べることも出来ます。
特に一作目の【横櫛】が私が甲斐荘氏を初めて知った作品でもあります。(今回のタイトル画にもしました。)
岩井志麻子氏のホラー小説【ぼっけえ、きょうてえ】の表紙ですね。
小説は未読なのですが(ホラー嫌い😹)
本屋で表紙を見た時、美しくミステリアスな【横櫛】に心臓がすくみ、一瞬で魅了された事を覚えています。
牡丹の花を背負う美少女が着ている着物の柄は燃え盛る炎と龍と天女

・・・現在ならスカジャンを着てるような感じなのかなぁ
清廉無垢に見える彼女にミスマッチな気がします。
「含み」は甲斐荘氏の作品に多く見え隠れする要素ですが、何か隠された意味が?

露の乾かぬ間
原画を観る良さを味わえる作品です。
女性の清涼感のある横顔の美しいこと。
緩めに結われた日本髪
床に広がるゆったりと着た襦袢
露出した首筋
胸元にあてられた右手
赤みがさした手足の指先

なんと上品なエロティシズム

色香がありながらイヤらしさがありません。
バックに配置された柄も秀逸。
孔雀の羽柄の着物はモダンなセンスを放ち、三色の紅葉の屏風は金が使われており、どちらも絵画としての魅力の一部に成ってます。
また、手鏡だけ力強いタッチなのが印象的で興味深かったです。
この繊細な描写の中で唯一ワイルドさを感じますが、掠れた銀色は筆跡を着けた珍しいタッチです。
鑑賞後、デジタル画像や印刷物を確認しましたがどれも本物の色味やタッチが再現出来ていません。
ほんの一部の小さなパーツですが、是非原画でご覧頂きたいです。

【幻覚(踊る女)】
最も強烈な一枚。
ヤられない人は居ないことでしょう 笑
因みに長月が今回一番観たかった作品です。
揺らめく炎のような鮮烈な赤の着物
狐の面を思わせる化粧に真意の読めない笑顔
酩酊状態のようにも見える不思議な舞い
現れた影は彼女のままの形の様にも隠した別の正体のようにも見える不可思議な【幻覚】
たゆたう着物のグラデーションがとても綺麗で、バックや足元の金も計算されて陰影がつけられています。激しく揺れる蝋燭の火の様な印象です。

甲斐荘氏の金の使い方は大胆ではなく、効果的で嫌味がありません。
金で誤魔化さないと言いますか

ぶっちゃけあると思う
豪華に貼られた金地の上に描かれた大したことのない「名作」

言っちゃった
でも本心だから仕方ない

【春】
今回のメインの一枚。
観る程に不思議な一枚だと思います。
無地の屏風
後ろの屏風と同じシルエットの女性
女性の下に広がる模様
わざわざ袖の上に置かれたコップ

屏風の中に居た女性と模様がヌルッと抜け出し、コップが置かれた床から浮き上がった

なんて想像は行き過ぎでしょうか?

小学生の時、国語で少年が屏風から抜け出した馬に乗って屏風の中に入ってしまうという怖いお話がありました。
それ以来屏風見るたびあの話を思い出し
屏風に描かれたモチーフが3次元化する恐怖がいまだにちょっとあります。

絵画鑑賞好きには辛い記憶(屏風絵多いから)

【春】もすっきりと美しく金が使われた作品です。こちらの金も原画でないと良さが伝わり辛いので本物を観て頂きたいです。

代表作の感想をひと通り書きました。
どれも涼しげな目元の奥に妖しい誘惑が潜み、何かの化身の様な浮世離れした雰囲気を受けました。

人間て何故妖しさに魅了されてしまうのでしょうか。
美しいだけ、可愛いだけでも充分なはずなのに、そこにわざわざ毒や危うさが透けて見えるものにより惹かれてしまう。
甲斐荘氏の作品は正にそれです。
美しさと同居する妖しさ、儚さ、侘びしさ、揺らめきに、ひたっとその場に縫い止められてしまったように見入ってしまいます。

と、ここまでは妖しくも美しい甲斐荘ワールドの数点の感想を書いてみましたが、これらとは逆にも思えるギョッとする様なもう1つの甲斐荘ワールドが存在します。

【デロリ】

繊細で鮮やかな作品と同時にダークな作風でも有名な甲斐荘楠音。
その作品を有名な日本画家岸田劉生に
「デロリとしている」と評され、甲斐荘楠音といえば「デロリ」がセットになって知られているとのことです。

まあわかるけれども…

【麗子像】も大概だろと思う

小学生の時あれを教科書で初めて見た時めっちゃ怖くてしばらく悩まされた長月です。

【春宵(花びら)】
こえぇ・・・

貫禄たっぷり(悪い意味で)の花魁と不気味な禿
未完の作品ですが脳に焼き付く強烈な一枚です。
花魁といえば一般的に華やかで美しいイメージですが、卑しいとも言える笑顔がデロリテイストで描かれた作品です。
なんか普通のかあちゃんと子供が豪華なコスプレしてるみたいな違和感です。
とはいえ純粋に花見を楽しんでるようにも見える気がする。うぅむ・・・
普通のかあちゃんと子供が豪華なコスプレしてる絵を描いたなら納得して大笑いする。

【島原の女(京の女)】
華やかなかんざしと着物を着崩した美人太夫ですが
濃い目にのせられた顔の陰影
笑顔のようで歪んでいる口元
バックも暗めの色味が選ばれていて故意にダークな雰囲気で描かれている印象です。
美しい指先で弄ぶかんざしは何を表しているのでしょう。。。
何となーく考えるのを止めてしまいます…

デロリ系の作風に多く見られるのがずしっと濃厚な描画です。
基本的に絹本に岩絵の具等の日本画で使われる画材で描かれていますが、仕上がりは油絵の様な重厚さ。
にじみやムラになりやすい日本画の絵の具ですが、そんな性質を無視するかの様なインパクトのある厚塗り感。
【母】はその濃厚なタッチで描かれた今回最も印象に残った一枚です。
現代のデジタルアートの様な立体的でありながらなめらかでフラットなグラデーションはとても日本画には見えません。

甲斐荘氏は所謂性的マイノリティーの方で
幼い頃から女性ものの着物を着用することもあり、思春期には歌舞伎の女形の虜に。
実際に舞台に立ち女形を演じたり、自身の絵のため女性の衣装を纏いモデルとなった写真が多く残っており、展示でも観られます。
筆を極めるためと、自身の女性への憧れの心を満たすためだったのかも。

誰からも高評価を得られるであろう画力ですが、彼の絵を「穢(きたな)い絵」と拒絶した人物が。
土田麦僊という京都日本画壇のお偉いさんです。

何というハラスメント
現在ならすぐに拡散→炎上でアウトですな。

「穢い」発言に至るまでに因縁めいた出来事があったらしいのですが(wikipedia参照)甲斐荘氏はこの一件以降、画壇との相性の悪さや新たな出会いにより徐々に絵画の世界から遠ざかり、映像の世界へと向かいます。
階下へ
次はその映像作品の展示になります。
映像作品は主にチャンバラもので、男性ものの豪華で上等な造りの着物が展示されています。(ポスターや映像も有り)
柄物大好き長月、(この刺繍のブラウスとかあったら素敵だなあ)とか(この柄のスカートあったら欲しい)なんて思いながら鑑賞してました。
洋服に流用したら現在でも通用するセンスです。(結構個性派かもしれないけど)
どうみても「衣装」って感じの見映えがする着物なのですが長月は着物観るの好きなので楽しめました。
着物の柄や色やモチーフのデザインなどにどことなく女性的な雰囲気を感じるデザインが多く、甲斐荘氏の感性が存分に発揮されています。
映像関連の次は再び絵画の展示になります。
甲斐荘氏も絵画から映像界へ、そして再び絵の世界へ戻ります。
全貌という言葉に相応しい甲斐荘氏の人生に合わせるような流れです。

甲斐荘氏の女装写真も大判に引き伸ばされヒートアップ

クライマックスは未完の【畜生塚】
そして
製作期間なんと60年越えの【虹の架け橋】
で締め括られます。

畜生塚制作のため自らポーズをとった写真も一緒に展示されていました。
未完で終わったことが残念です。
また、絵から離れて映像メインに活動していた10年程度の期間も【虹の架け橋】は制作されていたと。こっちは完成して良かった。
60年も1つの作品を制作し続けるなんて普通の情熱では無理です。
なんて強い精神力と信条。目頭が熱くなりますね。

なんだろう。
見終えた後にプレッシャーから解放されたような気分になりました。
と書くと聞こえが悪いかもしれませんが、一苦労した後に安心して座り込む時に似た感覚。甲斐荘楠音の妖しさと幻のような濃厚な世界は重圧感があります。
それをしっかり味わえたからだと思います。

決して炎天下を歩いてたどり着いた疲れではない。

上二枚が【横櫛】、下左から【露の乾かぬ間】【幻覚】【春】

グッズは少なかったです。
クリアファイルとポストカード四枚だけゲットしました。
図録、お香、一筆箋、マステなんかもありました。

【まとめ】

東京駅構内、夏休み真っ只中、かつて無い盛り上がりをみせるインバウンドなど、幾つも重なる混雑の条件に不安だらけでしたが、意外にも混雑はありませんでした。
むしろ空いていると言えるくらいで、とてもゆっくり観られました。
それは有り難いと言えば有り難かったのですが…逆にちょっと納得がいかない自分が

こんなに素晴らしい作品展があるのに!
駅の中で開催されてるのに!
何故すいている!?

皇居も良いけど東京ステーションギャラリーもね
八重洲ミッドタウンも良いけど甲斐荘楠音もね


たまたま空いていたのかもしれません。
しかし多くの人に観て欲しい!
情報によれば甲斐荘楠音の本格的な展覧会は今回で26年ぶり2回目なのだそう。
こんなに素晴らしいのに過小評価な気がしてならないのです。
今回の【甲斐荘楠音の全貌】を機に、今後企画展が増えたらと思います。

【甲斐荘楠音の全貌】
東京ステーションギャラリーにて8月27日まで

読んで頂きありがとうございました✨長月



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