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いかなる花の咲くやらん 第9章第1話 新たなる決意

健久四年(193年) 春 大磯
 
「五郎様、頼朝様は諸国の武士たちを召し連れて 武蔵国関戸へ狩りに出かけるようですよ」
「おお、亀若さん、ありがとう。我々もその情報を得て、早速後を追うつもりです」
「そうですか。くれぐれもお気をつけて」
翌日、兄弟は頼朝一行の後を追った。
「忍んで追って行くには馬が邪魔であるな。馬を返して身軽になるか」
「そうですね。二人連れだって馬で追っては目に付きますね」
二人は馬を返して、太刀だけの身軽な姿で 一晩中 祐経を狙った。しかしいつものことながら厳重な警備の元、 手出しが出来なかった。翌日 頼朝一行は久米入野で追い鳥狩を行った。しかし馬を返してしまい弓矢も持たない兄弟は為す術もなく日暮れを迎えた。
『追い鳥狩りでは移動が早い、馬を返したのは失敗であったな』
「夜半に 野営を狙いましょう」
この夜も厳重な見回りのため少しの空きもなかった。
その後頼朝一行は大倉、こだま、上野の国、信濃、三原、長倉、長野と狩りをして回り 宇都宮明神へ参拝した。最後に那須野で狩りをして鎌倉へ戻った。兄弟はただひたすらに頼朝一行を追いかけたが疲弊ことごとく 落胆し 三浦の叔母の元へ戻った。
「ただ、いたずらに追い回すだけではどうしようもありませんね」
「ふむ、しかし大体の様子が分かった。頼朝様の狩りは純粋に狩りを楽しむのではなく、武士の鍛錬のようだ。ですから次から次へと狩りの形態が変わる」
「以前の巻き狩りでしたら、それぞれが勝手に動いているので隙もありましたが、近頃はきちんと統率が取れており手が出しにくいですね」
「一所に長く留まることもない。徒歩では追いつけぬ」
「次は馬で行こう。馬で目立たぬように追うのは難しいが、どうしたものか。
 
悩む間もなく、すぐに亀若から知らせがあった。
「頼朝様は侍たちに暇を与えないために 何日か後にまた狩りにお出かけになるということです。今度の場所は富士野だそうです」
「富士野か。蘇我からも近いし 今度は馬に乗って後を追えば先日の狩りより楽に追いつけようぞ。」
「ありがとう。亀若さん。お礼と言うのではないが 先日たまたま買っておいた 簪がある。受け取ってもらえるか」
「たまたま簪を買うことがあるか。素直に『亀若さんのために選びました。なかなか渡せず、ずっと持っていました。』と言ったらどうだ。まあ、五郎にしては上出来だ」
「ずっと持っていたのを、兄上ご存知だったのですか。人が悪い」
「ありがとうございます。亀の細工の簪。とっても嬉しいです。大事にします。似合いますか」そう言って、亀若ははにかみながら、髪に差して見せた。
「可愛いです」
「そうですよね。この亀さん、貝細工ですか。とても可愛い」
「いや、その亀じゃなく 亀若さんが・・・」
「あはは、五郎は面白いなあ」
 
亀若が大磯に戻ったその夜、兄弟は話し合った。
「兄上考えたのですが 何故こうも仇討ちがうまくいかないのでしょう。追っても、追っても祐経は逃げてしまう。いつも人がいて、近くへ行くことが出来ない。今までは隙を伺い機会を狙っていたので想いを果たすことがならなかったのでは、ありませんか。あわよくば祐経を打った後に 逃げ伸びようと心のどこかで 思っていたのではないでしょうか。ですから、人に見つからないように、一人の時ばかりを探していた。ところが祐経は用心深い男です。決して一人にならないように心を配っている」
「いや、そんなことは。私はずっと死ぬ覚悟で祐経を追っている」
「では、なぜ、一人の時を狙うのです」
「そうか。自分でも気が付かぬうちに心に甘えが生じておったか」
「そのような甘い考えでは この先いくら後をつけ回しても、仇など打てますまい。命を惜しまず真正面から斬りつける気概が 必要かと思われます」
「ふむ。五郎の言うとおりだな。それに『武士らしく』ということに囚われすぎていた気がする。なりふり構わず、夜襲をしてでも、ことを成し遂げんとせねば」
「今回は大掛かりな狩場のことゆえ 、人も多くごったがえしておる。頼朝様のお側に寄ることもできるであろう。旅の宿のことであれば屋敷よりも入り込みやすい。遠ければ弓を使い、近ければ斬れば良い。覚悟を決めれば必ずや本懐を遂げることができるであろう」
「今度出かけたならば二度と曽我へは帰らないと誓いましょう」
「もしも仇が取れなかった時には自害して悪霊死霊となってでも 祐経を祟り殺そうぞ」
二人は新たなる決意を胸に、祐常を追うことを決めた。

次回 第9章第2話 「さよならと言えぬ別れの挨拶」に続く

参考文献 小学館「曽我物語」新編日本古典文学全集53



亀のかんざしのイメージです。

五郎と亀若の淡い初恋は
この後、どのような結末を迎えるのでしょうか。

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続きは下記へ。


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