「いかなる花の咲くやらん」第10章第5話 「亀若の決意」
兄弟がなかなか機会を得られず、いよいよ 明日は頼朝一行が鎌倉へお戻りと聞いた亀若は意を決して 、祐経の宿で酒の相手をすることにした。
「こちらは、この度狩りの責任者である祐経様の宿所でございましょうか。私は大磯の踊り子 亀若でございます。かねてより祐経様の武勇伝は色々と伺っております。本日も大きな鹿を仕留めになったとか。私の拙い踊りではございますが、ぜひ狩りの疲れを癒させていただけないでしょうか」祐経はひどく喜んで、亀若を酒の席に呼び込み、舞を舞わせることにした。
「あらあら、綺麗なボタンが篠突く雨に打たれてお辞儀をしております。かわいそうに。少しお待ちくださいね」そう言うと亀若は持ってきた鶴菊の番傘をボタンに差し掛けた。祐経はご機嫌で酒を飲み、亀若の踊りを見ながらまた酒を飲んだ。したたかに酔ってはいたが、まだ狩場の緊張もあるのか、酔いつぶれるほどにはならなかった。
「さあ、明日は出発だ。そろそろ奥へ行こう。亀若といったな。見事な踊りであった。ありがとう。褒美を取らせる。さ、もう下がって良い」と、奥の間へ行こうとした。
「奥へ行かれてしまうのですか。私は嫌です。祐経様と朝までここに一緒に居とうございます」
「いやいや、なんと嬉しいことを。しかし、実はこの祐経を仇と狙っておる 愚かな兄弟がおってのう。馬鹿々々しい話だが、おちおち寝てもいられんのだよ。本当に迷惑千万な話よ」
「せっかく憧れの祐経様とお目にかかれましたのに」
「あははは。すまん、すまん。おやすみなさいよ。今宵は楽しかったよ」
(ここで警備の厚い 奥座敷に行かれてしまっては、また兄弟は手出しができないわ)咄嗟に亀若は 自分の帯を解くと 着物を脱ぎ捨てた。
「これでも奥へいらっしゃいますか。女子に恥をかかせる物ではございません」
「あゎわわ、わかった。わかった」
慌てた祐経は供の者たちだけを奥へ行かせ、自分はその晩は亀若と そこの部屋で床についた。亀若は床を延べる時に、五郎にもらった貝細工のかんざしを、部屋の入り口の鴨居に 突き刺した。
吾妻鏡には虎女が兄弟を手引きしたとは書いてないと思いますが、後の世に伝えられる間に色々とお話しが変わっているようです。
「いかなる花の咲くやらん」では、亀若さんに手引きしてもらいました。
次回へ続く
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是非第1話から読んで下さいませ。