創作大賞応募用 いかなる花の咲くやらん 第1話 プロローグ
あらすじ
ある石の力で時空を超えた女子高生の物語。
祭りのパレードの踊りに参加した彼女は一瞬、時代劇の中にいるような錯覚に襲われる。その祭りの櫓の上で見物の青年と目が合った。意識は現代にすぐ戻り、櫓も青年も消え、隣には親友がいた。彼女は幼い頃、曽我で同じような体験をしていた。
翌春、例大祭で巫女を務めていた彼女は崖から落ち、過去の世界へ。そこでまた青年と会う。彼は曽我十郎。彼は弟と共に父の仇を討つことを念願に生きていた。二人は深く愛し合う。
彼女は仇討ちなどやめて自分と幸せに暮らそうと願うが彼の決意は変わらず別れを告げる。
仇討ちを成し遂げることが出来るのか。二人の恋の行方は。
第一話 プロローグ
令和元年(2019年) 夏 平塚
湘南の太陽が容赦なくアスファルトを熱している。
海からの塩気を帯びた風が頭上の七夕飾りを渡って行く。
ここは神奈川県平塚市。七夕の町。
昭和二十六年に戦後の復興と繁栄を願い、仙台を範として、ここ平塚でも七夕祭りが始まった。全長445メートルのスターモール商店街を中心に、並行する商店街と合わせて三千本の豪華絢爛な七夕飾りが並び、その美しさとからくりの工夫を競い合う。竹飾りは主に地元の企業と商店が用意するが、幼稚園や小学校の提供する飾りもある。その値段は一本十万円から数百万円する物もあるらしい。頭上にずらりと並んだ風にたなびく飾りの中を歩いていると、まるで天の川の中を歩いているようだ。夜は飾りに明かりが灯り、昼とは違った幻想的な雰囲気を醸し出す。普段は静かな海沿いの町だが、この日ばかりは、全国から150万人もの観光客が押し寄せる。
車を通行止めにした通りの両側には、ぎっしりと出店が並び、焼ける醤油の匂いや、綿あめの甘い匂いが漂っている。父親に肩車された子供が、下駄が片方ないことに気付いたが、人の流れの中で探すことは無理そうだ。商店街の西側、見附台広場の交差点には舞台が設置され、司会者がパレードの開始を告げている。市長、市会議員が行進した後、ミス七夕が艶やかな笑顔で沿道に手を振る。近くの保育園児たちが、七夕音頭に合わせて踊り、その可愛らしさがパレードに花を添えている。
パレードの終盤あたりに、「疾風乱舞」が出演する。
湘南は近年よさこいが盛んで、疾風乱舞は平塚のよさこいのグループだ。主に中学生から大学生が所属している。日本舞踊から発展して、様々なダンスの要素を取り入れ、長袢纏を基本にした色とりどりの衣装で踊るよさこいは、七夕の雰囲気にぴったりだ。
今年の疾風乱舞の衣装には紫の地に白い藤の花が大きくあしらわれている。帯は藤のつるが巻き付いたようなデザインになっており、手には竹細工で作った藤の花を持っている。
「永遠―、ドキドキするね。」
「大丈夫、あれだけ練習したんだから。」
親友の和香に話しかけられたのは、佐藤永遠。平塚市内の中高一貫校に通う十六歳、高校二年生だ。スラリとした長身と白い肌は気品を漂わせているが、はっきりとした顔立ちは華やかな印象だ。その容姿はまるで大ぶりの白藤のようだ。幼いころから習っている日舞はすでに師範の免許を持っている。また、高校のストリートダンスコンテストでは、友人たちとグループを組んで優勝している。その時は近隣の男子高校生が永遠を一目見ようと押しかけ、体育館は一時騒然としたものだ。永遠は疾風乱舞に入って日が浅く、今日のパレードに出ることは知られていない。後日今日のことを知った男子高校生たちは、さぞ悔しがるだろう。
「そうだね。間違えたらどうしようって、怖い気もするけど、大丈夫、楽しもう。」
「そう、怖いと思えば怖い。楽しいと思えば楽しい。」
「永遠ちゃんって、おとなしそうだけど、へんに度胸が据わっているよね。頼りにしてます。ウフフ。さあ、出発だね。」
緊張はしていたが、いつも踊りの音楽が流れ始めると、体が勝手に動いていく。永遠はこの時の体とともに心も踊る感覚が大好きだ。
「あー、緊張するー」
友だちの和香は何やらきょろきょろとしている。
「どうしたの?和香ちゃん」
「んー、あっ、これで良いや」
「?」
「もう一個、同じような石ない?」
「石?これは?」
ベンチの上にあった、おはぎのような黒い石を永遠は、和香に渡した。
「あっ、良いね。何処にあった?」
「ベンチにあったよ」
「おかしいなあ。さっき見た時は無かったけどなあ。まあ、良いか」
和香は二つの石を火打石のようにカチカチと合わせた。
「時代劇でやっていた。これから何かをするときにうまくいきますようにって、こうするんだって」
もう一度和香が、カチカチと石を合わせた。「しゅっぱーつ」
先頭が動き始める。踊りが始まった。その時、大きな風が吹いた。ざわざわと竹飾りが揺れる。永遠は少しくらくらとして、町も仲間も薄れていく感じがした。
ぶんぶんと頭を振って、しっかりしなきゃと踊り続けた。気が付くと、そこはいつもの商店街ではなかった。どこか田舎の村のお祭り広場のようだった。
「えっ、何?」
村の人々が突然お祭り広場の舞台に現れた娘の、今まで見たこともないような、激しい踊りとその美しさに見とれていた。
その村人の中のとても目を引く青年と永遠の目が合った。
(どこかで会ったような気がする。遠い昔)
和香の声がして、我に返った。
「永遠、永遠、楽しかったね」
「えっ?」
「終わっちゃたね。喉乾いた」
気が付けば、パレードのゴールに仲間とともに立っていた。
「あー、なんか一瞬意識飛んだような気がした。急に田舎のお祭り広場にいたの。そこにすごい素敵な男の人がいて、こっちを見ていた」
「なにー、それ。永遠、危ない。熱中症じゃない。早く、なんか飲もう」
(何だったんだろう。前にもこんなことがあった。
幼い時、日舞の発表会の後で、曽我の梅林に家族で寄ったときのことだ。)
過去の記憶
平成二十年(2008年) 春 曽我
「永遠の『藤娘』は上手く踊れましたね。すっかり藤の髪飾りを気にいってしまって」父と母が微笑みながら話している。
発表会が終わって着替えるとき、永遠は
藤の髪飾りを外したくないと言ってそのまま付けていた。
「お父さん、お母さん、見ててね」永遠は、小川にかかる木の橋を舞台に見立て、踊ってみせた。
その時足元の小さな黒い石につまずいた。景色が揺らめいた気がしたが、気にしないで踊り続けていた。
気が付くと両親の姿は見えず、着物を着た美しい少年がこちらを見ていた。
「あなたも発表会?私も着替えたくなかったけど、脱がされちゃった。頭の飾りだけ残してもらった」
驚いて見つめる少年だったが、永遠はおかまいなしにおしゃべりを続けた。
「ねえねえ、何を踊ったの。一緒に踊ろう。私は藤娘」
「僕の得意な踊りは獅子舞だ」
二人はしばらく楽しくおどっていたが、母の呼ぶ声が聞こえた。
「永遠、永遠、風が冷たくなってきたわ。そろそろ帰りましょう」
「あれ?男の子は?」
「男の子って?」
「今、一緒に踊っていたでしょ。獅子舞が上手な男の子。」
「そんな子はいなかったわよ。さあ、売店行くわよ。梅干し買って帰りましょう」
「えー、おかしいなあ。あっ、待ってー。シソ巻きも買ってくれる。甘いのと酸っぱいのがお口の中で混ざって、美味しいんだ」
「はい。はい。お母さんも好きよ。買いましょうね」
(あの時と同じだ)