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いかなる花の咲くやらん 第4章第5話      月に導かれ

冴え冴えとした月は 曽我の里にも輝いていた。 「美しい月だ。箱王も見ているだろうか。いよいよ、明日 出家だな。二人で仇を討とうと 志した日から 十二年もの月日が流れてしまった。道は違えてしまったが これで良いのだろう。仇はこの十郎が討つ。箱王には父上と私のために 供養をしてもらおう。 そして母の支えになって欲しい。箱王なら立派な僧となることだろう。 十郎が感慨にふけっていると、ドンドンと扉を叩く音がした。
こんな夜更けに誰だろう。
「兄上」
「箱王。どうした。明日 出家するのではないか」
「 そうです。ですから どうしても今日中に兄上にお目にかかりたかったのです」
「 いったい… 」
「実は 先月、工藤祐経が頼朝様のお供で箱根大権現へ参りました。今までは父上を殺したのは工藤祐経と言われておりましたが、確証はありませんでした。 ところが祐経がはっきりと「自分が命じた。」と言ったのです。
『父上のことが嫌いだった。』と 『私が出家したら やっと枕をして高くして寝られる』と。そして私を挑発するように刺し刀をよこしました。 私はその場で切り付けようと思いました。ですが 寺院内で刃傷沙汰を起こしては 別当様に迷惑がかかるのではないかと 思い迷った一瞬に 抑え込まれて逃げられてしまいました。
その後はどんなに読経をしても修行をしても、無心になれず 悔しさが私の中を駆け巡るのです」
「 うーむ」
「このまま出家して良いものでしょうか。この悪念がなくならなくては 却って父上にとって罪業となってしまう気がします。 ただ母上は私が出家して僧になることを 切望しておられます。深山を一人きりで降りて参りました。 峰に登る時は父の恩の高いことを思い 谷へ下る時は母の徳の深さを思い。どうしたらよいかわからなくなりました」
「父と母の思いを別にしたら 、箱王の気持ちはいかがなのですか」
「私は工藤祐経の首を取って、父の冥福を祈りとうございます」
「人は人に相談する時は 大抵の場合もう答えが出ているものなのですよ。 本当に悩んでいる時は 誰もその悩みを口にできません。 実際、箱王が祐経に会ってからひと月以上、私に相談する機会は多くあったと思います。が、そうしなかった。そして、今夜この兄に会いに来た。もう、そなたの気持ちは決まっておりましょう」
「…」
「兄は母上と同様に、箱王に出家して欲しいと願っています。 仇討ちは遠く険しい道です。 そしてその行き着く先は死あるのみ。箱王には私の分も長く生きて母を支えて欲しいと思います。 しかし、その願いはもう叶わぬのであろう?」
「 こんな会話を以前にもしましたね。 兄上が 八歳私が五歳の時でしたね。 二人で仇討ちをしようと富士に沈む夕日に誓いました。 もう、迷いません。兄上、私も共に仇討ちをさせてください」

次回 第4章第6話に続く

 

参考文献 小学館「曽我物語」新編日本古典文学全集53

箱根神社から麓への道
(このように整備されたのは江戸時代になってから)  著者撮影

第1話はこちらから


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