
いかなる花の咲くやらん 第5章第4話 高麗山例大祭
平成三十一年(2019年)春 大磯
大磯の高麗山の山神輿は、もともと高麗寺の祭りの最中、多くの人が集まるので、地上の汚れを避けるため、御霊を上社まで担ぎ上げて仮宿させるようになったことが由来である。
このお祭りは町の無形民俗文化財にも指定されており、現在でも高麗山の険しい山道を人と神輿が一体となり上社まで登り、翌々日、下社へ降りる。
山神輿は高麗山で一番急な男坂を夜間に登る。
路沿いには提灯を持った人が待機し、前棒が二人、後ろ棒が四人の計六人で担ぐ。神輿棒に結び付けた綱を男坂上の大木に括りつけて、左右四、五人が神輿を引っ張り上げる。
神輿の重さは二百四十キログラム、上げる高さは百五十メートル。真っすぐな壁面を引っ張り上げるわけではない。獣道のような細い山道、生い茂る木々の間を引き上げる。大仕事である。
永遠と和香はボランティアでその祭りの巫女として神輿に同行していた。
祭りが行われるのは毎年四月十七日。境内の桜は見頃を終えていたが、山のあちらこちらに山藤が咲いていた。御輿を上げる男たちは山藤を堪能する余裕はないが、永遠は山道に散らされた花がらが神様の為の散華のようだと感じていた。
午後八時頃、男坂と女坂の合流地点の「中の坊跡」で大休止をとる。神輿の屋根を平手で叩き、お神酒、水、おにぎり、たくわんを、永遠と和香が担ぎ手に振舞う。
午後八時半、上宮に到着。神輿を平手で叩きながら、境内を練り歩く。神主の祝詞があげられ、その日の工程は終わりになる。
翌日は、そのまま山に神輿は安置され、社人二人が夜通しお守りする。
十九日御帰還、一時頃山降りが始まる。
「ねえ、永遠ちゃん、それにしても大変なお祭りすぎない?お御輿を担いで山に登って降りるなんて。いつからやっているんだろう」
「お祭りはいつからか分からないけれど、(鎌倉期には将軍源の頼朝が正室北条政子の安産祈願をした)って立て札に書いてあったから、お寺はとても昔からあるんだね」
「頼朝っていったらえーと、八百年前だ」
「すごい昔。私たちって、ずっと昔と繋がっているんだね」
「神様は、そんな昔から私たちを見守ってくれているんだ」
「さあ、降りるよ。気を付けて」
神主の祝詞が終わって、神輿の飾りを全て外す。
神輿の下山が始まった。
次回 第5章第5話 「永遠、滑落」に続く


