いかなる花の咲くやらん 第7章第4話「月蝕と月食」
ある日、永遠がお座敷から帰ってくると、亀若が布団を被って震えていた。
「何しているの?」
「今日ね、月蝕なんだって。丑の刻から。不吉でしょ。月の光に当たらないように、布団被ってるの。永遠ちゃんも、気を付けて」
『月食が怖いの?』
「永遠ちゃん、怖くないの。さっき頼朝様の御家人さんが話していたの。頼朝様が小山朝政様のお宅に行ったんだけど、月蝕が怖いから、今日はお泊りになるんだって。あんなに偉い人でも怖いんだから、本当に怖いことなんだよ」
「丑の刻はまだまだだし。御家人さんは家に帰らせたんでしょ。頼朝様は小山朝政様のお宅に泊まりたかっただけなんじゃない?今頃、白拍子呼んで酒宴でもなさっているんじゃないかな。頼朝様が怖いのは、月蝕じゃなくて、政子様だよ」
「えー、そうかな。だって、月が蝕まれて消えていくんだよ。月を食べちゃう魔物が夜空にいるんだよ。怖いよー」
「あのね。月食は、怖くないよ。ただの自然現象。
この行灯がお日様だとするでしょ。この、手毬が私たちのいる所。この手鏡が月。
月はね、自分で光っているんじゃなくて、お日様の光を受けて光っているの。この手鏡と同じ。それでね、これらは常に動いているんだけど、それがたまたま三つとも一列に並んじゃう時があるの。そしたら、ほら、手毬の影になって手鏡が光らないでしょ。そしてこれらがずれていくと、ほら、また月が明るくなった。ね、分かった?」
「全然、分からないよ」
「まあ、とにかく、怖くないから、めったにない天体の見世物を楽しもうよ。満月が欠けていって、無くなって、また満月になるなんて、普段は一月かかることがほんの数時間で見られるなんて、凄くない」
「うーん、そう言われれば、そんな気も」
「じゃあ、一緒に見ようね」
「丑の刻だよ。起きていられるかな。寝てしまいそう」
「まあ、そう言わないで」
「不思議だね」
「うん。天文って、不思議」
「違うよ。永遠ちゃんが不思議。永遠ちゃんが何言っているか分からなかったけど、さっきまであんなに怖かった月蝕が楽しみになった。永遠ちゃんって、何者?もしかしたら月から来たの?かぐや姫?」
「うふふ、内緒」
その晩、永遠は亀若の隣で月を眺めながら、母を思い出していた。
(お母さん、どうしているかしら。心配しているだろうな。会いたい。今を一生懸命生きていれば、いつか必ず会えると思う。お母さん、待っていてね。永遠はがんばっているよ)
永遠はそっと虎御石を胸に抱いた。
次回 第8章第1話「祐常を追え」に続く
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