創作大賞応募用 いかなる花の咲くやらん 第5話 惹かれあう魂
仇に巡り合うことは万に一つより難しい。めぐり会えないまま一生を終えることのほうがはるかに多いと聞く。しかし仇祐経は、今を時めく源の頼朝のお側近くに仕えるほどに出世している。
逃げ隠れしているわけではないので、普通の仇よりは情報が入りやすいであろうと考えていたが、思ったようにはいかなかった。
その日も二人はあてもなく大磯から鎌倉まで行ってみることにした。にぎやかな宿場なら、なにかしら祐経の情報が得られるかもしれない。二人が二宮から、大磯を通り、平塚まで来た時、八幡宮で七夕の踊りを奉納していた。
「兄上、八幡宮で人だかりがしております。何やら情報が得られるかもしれません。寄って参りましょう」
「そうだな。八幡宮に我らの願いが成就するように、お願いをしておくのも良いだろう」
「馬もそろそろ、休ませてあげなくては」
「あっ、舞台が設けられています。境内で神楽が行わるようですよ」
二人が下馬場で馬を降りようとしたとき、境内に設けられた、櫓の上に一人の女性がいきなり現れた。紫の生地に白い藤の花がえがいてある着物の裾を膝まで端折って、手には藤の花を持っている。まるで藤の花の妖精が降臨したようだった。
妖精の踊りは美しく激しく、今まで見たこともないような神秘に満ちた舞だった。
人だかりの中、櫓の上の妖精と馬上の十郎の目が合った。
刹那に二人の魂がひかれあった。二人の魂は宙を舞い、溶け合い、一つになった。
(あの時の妖精だ。幼い時、薄紅色の海で共に踊った妖精。ずっと自分の心に住み着いて、どんなにつらい時も、あたたかな灯をともしていてくれた。あの妖精だ。夢じゃなかったんだ。この世のものではないかもしれないけれど、実在したのだ。会えたのだ。やっと会えた)
そのとき、妖精はふっと消えてしまった。
今のは 、いったいなんだったろう。人々のざわめきで、はっと我に返った十郎は、いきなり駆け出した。馬を降りかけていた五郎は慌てて馬に乗りなおし、急いで兄を追いかけた。
兄は叫びながら馬を駆し、一気に高麗山を駆け上がった。
山の頂上で、やっと馬を止めた。
「兄上、いったいどうしたのです」息を切らして五郎が訪ねる。
「妖精だ。子供の時からずっと、今一度会いたいと願っていた、あの藤の妖精だ」
「兄上が子供の頃、夢で一緒に踊ったという、あの藤の妖精ですか」
「おお、そうだ。すっかり大人になっていたが、間違いない。やはり夢ではなかったのだ。
まるで夢のようだ」
「夢ではなかったと言いながら、夢のようだと言う。いったいどっちなのです。あははは」
「わははは、それもそうだ」
「ふむ、妖精に姿を変えた神が、父上の無念を晴らさんとする我ら兄弟を見守っていてくださるようです」
「我ら、仇持ちの身の上では生身の女性と恋をするわけには、いかない。仇を討ったら自分たちも果てる覚悟。身の回りの付き合いをなるべくなくし、心残りの無いようにしなくてはならぬ。妖精にあこがれるくらいは許されよう」
その時、馬が苦しそうにいなないた。
「おお、これはいけない。馬を休ませようとしていた折であったのに、こんな山の上まで一気に駆け上がってしまった。どこぞに小川でも流れておらんか」
「しばしお待ちを」
五郎は何回か地面に耳をつけると、そばに落ちていた枝でドンと地面を突いた。すると、こぽこぽと泡が立ち、直に水が溢れてきた。
「でかした五郎。これで馬に水をやれる」
二人は馬に水をやってから、自分たちも喉を潤した。
「のう、五郎、この山の上からの景色は、曽我の屋敷からの景色に似ておるな。
あれが二子山、金時山。私たちのふるさとの伊豆半島が見える」
「そうですね。母上のいらっしゃる曽我は、あの辺りでしょうか。お世話になった箱根大権現様の箱根山も」
「富士の山が本当に凛々しい」
「曽我と違うのは、海がとても近いことだ。海も山も空も、とても美しい。この美しい景色に改めて、誓おう。父の無念を晴らすことを」
二人の志を受け止めるように、果てしない海のきらめきがどこまでも続いていた。
平成三十年(2018年) 秋 平塚
「どうしたの。永遠ちゃん。ぼーっとして。今日は購買にみやこ饅頭が来る日だよ。早くいかないと売り切れちゃうよ。
あ、もしかしてまた、この前、七夕祭りで、一瞬気が飛んだ時に 目が合った男の人のこと 考えていたの」
「うん、子供の時にも 同じようなことがあったって話したよね。
たぶん、子供の時に 会った男の子と この前あった男の人は 同じ人だとおもう。気のせいとかじゃなくて、夢とかでもなくて、昔の時代に行った気がする」
「それって、タイムスリップ?」
「うん。なんかすごく運命的なものじゃないかな。その時代からの引力を感じるの」
「引力?」
「私はあの人と結ばれるために、いつか本当にその時代に行くと思う」
「えー、やだー、永遠、どこにも行かないで。私たちの友情は永遠(えいえん)だよ。永遠(とわ)だけに」
「またー、そのフレーズ好きだよね」
「だって、永遠ちゃん大好きなんだもん。あっ、みやこ饅頭も好き。早く行こう。本当に売り切れちゃうよ」
「あっ、待ってー。私も、和香ちゃんもみやこ饅頭も好きー」
平成三十一年(2019年)春 大磯
大磯の高麗山の山神輿は、もともと高麗寺の祭りの最中、多くの人が集まるので、地上の汚れを避けるため、御霊を上社まで担ぎ上げて仮宿させるようになったことが由来である。
このお祭りは町の無形民俗文化財にも指定されており、現在でも高麗山の険しい山道を人と神輿が一体となり上社まで登り、翌々日、下社へ降りる。
山神輿は高麗山で一番急な男坂を夜間に登る。
路沿いには提灯を持った人が待機し、前棒が二人、後ろ棒が四人の計六人で担ぐ。神輿棒に結び付けた綱を男坂上の大木に括りつけて、左右四、五人が神輿を引っ張り上げる。
神輿の重さは二百四十キログラム、上げる高さは百五十メートル。真っすぐな壁面を引っ張り上げるわけではない。獣道のような細い山道、生い茂る木々の間を引き上げる。大仕事である。
永遠と和香はボランティアでその祭りの巫女として神輿に同行していた。
祭りが行われるのは毎年四月十七日。境内の桜は見頃を終えていたが、山のあちらこちらに山藤が咲いていた。御輿を上げる男たちは山藤を堪能する余裕はないが、永遠は山道に散らされた花がらが神様の為の散華のようだと感じていた。
午後八時頃、男坂と女坂の合流地点の「中の坊跡」で大休止をとる。神輿の屋根を平手で叩き、お神酒、水、おにぎり、たくわんを、永遠と和香が担ぎ手に振舞う。
午後八時半、上宮に到着。神輿を平手で叩きながら、境内を練り歩く。神主の祝詞があげられ、その日の工程は終わりになる。
翌日は、そのまま山に神輿は安置され、社人二人が夜通しお守りする。
十九日御帰還、一時頃山降りが始まる。
「ねえ、永遠ちゃん、それにしても大変なお祭りすぎない?お御輿を担いで山に登って降りるなんて。いつからやっているんだろう」
「お祭りはいつからか分からないけれど、(鎌倉期には将軍源の頼朝が正室北条政子の安産祈願をした)って立て札に書いてあったから、お寺はとても昔からあるんだね」
「頼朝っていったらえーと、八百年前だ」
「すごい昔。私たちって、ずっと昔と繋がっているんだね」
「神様は、そんな昔から私たちを見守ってくれているんだ」
「さあ、降りるよ。気を付けて」
神主の祝詞が終わって、神輿の飾りを全て外す。
神輿の下山が始まった。
和香はこの間にスニーカーに履き替えた。神事の間は草履だが、山歩きの時は歩きやすいスニーカーにしている。
神輿が動き始めた。広場から降り始めは整えられた石の階段が百九十段ほどある。その先は細い山道をひたすら下って行く。帰りは綱はなく担ぎ手にすべての重さがのしかかる。足元は乾いている所は表面の土が流れて滑る。湿っている所はぬるぬると滑る。
「あれ、永遠ちゃん、草履のままだよ。この道、草履じゃ危ないよ。
「あー何やっているんだろう私は。もう、お御輿動きだしてしまったから、お御輿の前に行って、少し下のベンチのところで履き替える。先にいくね」
「えー、駄目だよ。神輿の前に行っちゃ。あぶないよ」
(なんか変だな。いつもの永遠ちゃんなら履き替え忘れなんてしないし、神輿の先に行くなんて無茶なこと、絶対しないのに。あれ、あれは何だろう。永遠ちゃんの肩に黒い丸い物が乗っている。)
「あー、もう神輿が来ちゃった。ベンチまで行くのは間に合わない。そこの曲がり角の右側に少し広いところがあるから、あそこに避難しよう」
永遠が曲がり角で右に行こうとしたところで左の角にある大きな木の枝がシュッと伸びてきてとうせんぼうをされた。
(え、何?枝が動いた。嫌だ。右に行かれなかった。邪魔になっちゃう。今ならまだあちらに行かれるかな。)
永遠が慌てて曲がり道の右側に移動しようとしたときに足が滑った。
永遠は斜面を滑り落ちてしまった。
「あ、永遠―」和香の声が山間に響いた。
その時、座布団ほどの黒い石が現れ、永遠を乗せて、木々の間から覗く青空に吸い込まれるように消えていく。
和香は、石で運ばれていく永遠と、崖の下で横たわる永遠を、同時に見た。
(さっき、永遠ちゃんの肩に乗っていた黒い物?一瞬木の枝に飛んだよね。そして、永遠ちゃんを連れて行った?いえいえ、永遠ちゃんは下に落っこちているんだから、気のせいかな。)
「永遠ちゃーん、大丈夫ー?」
参考文献 小学館新編日本古典文学全集53曽我物語