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いかなる花の咲くやらん 第2章第4話 空しき こだま
陽が傾き、風が冷たくなってきたころようやく面々は腰を上げた。ほろ酔い気分の坂東武者たちが愛馬にまたがり、今回の巻き狩りの成果や、先ほどの相撲のこと、そして家で待つ家族のことを思い浮かべながら帰路へ着いた。
八幡三郎と大見小藤太は、ひたすら待っていた。必ずここを通るはずだ。日没してしまえば狙撃は困難。薄暮であっても標的は見づらい。武士たちも暗くなる前に宿へ着きたいと思えば急ぎ足でかけてくるであろう。薄暗がりの中、早馬で行かれては、祐親を仕留めることができるであろうか。まして狩り装束は誰も似たようなもので、判別は難しい。大きな夕日が山の端に落ちかかっている。
いよいよ、待ちかねた一行がやってきた。思ったより、一行はゆっくりと歩を進めていた。一番に通るのは波多野右馬允、二番に通るのは懐島平権守景義、三番は大庭三郎景親、海老名源八季貞、土肥次郎実平、土屋次郎義清と続き、遙かに遅れて流人の源の頼朝。この次に伊東と河津の親子がやってきた。
優れた乗り手に、名高い名馬であるから、倒木や岩や石もかまわずゆったりと歩ませていた。乗り換えの郎党一騎も近くにいない。土肥の配下の谷の向こうの山を登っている。
前後に人はいなかった。
さんざん待っていた大見小藤太であるが、天性の臆病者で「どうしよう。どうしよう」と思っているうちに目の前を通りすぎて行った。
次の射手、八幡三郎は落ち着いて、白木の弓に大きな鹿矢をつがえて引き絞り、ヒョウと射た。
その矢は河津三郎祐泰の鞍を割り、腰から太ももに貫通した。
祐泰は弓を取り、矢をつがえて、馬の鼻を引き返し、周囲を見回したが、真っ逆さまに落馬した。萌黄の布で裏打ちした竹笠が風に舞った。
「しまった。祐親ではないぞ。息子の祐泰が先に進んでいたとは」
後ろから来た祐親を大見小藤太が射たが、これは外れた。
続いて八幡三郎の射た矢が飛んできたが、矢は左手の指二本を射切り手綱をちぎった。
「山賊がいる。搦め手(からめて)を回せ、先進は引き返せ、後進は進め」と祐親は叫んだが、とても足場が悪く、もたもたしている間に、大見小藤太と八幡三郎は逃げ延びてしまった。
「祐泰、祐泰、目を開けろ。しっかりしろ。祐泰」
祐親の嘆く声が伊豆の山々にむなしくこだまするばかりであった。
次回 第2章第5話 悲しみの帰宅 に続く
参考文献 小学館「曽我物語」新編日本古典文学全集53
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