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いかなる花の咲くやらん 第2章第3話 河津掛け



五百余騎の人々は狩りを終えて帰るところ、柏の木の生えている野原に出た。そこは百町ほどの広さがあり、柏の木が高く伸び密生していた。峰から吹き降ろす風に吹かれた紅葉の葉が、それぞれの笠にはらはらと散り、雅やかな風情を醸していた。
「伊豆の山々はどこも美しいけれど、ここはまた一段と美しい。このほどの名残を惜しんで酒宴を催してはいかがでしょう」と、懐島平権守景義が言うと、あちらこちらから「それが良い」「それが良い」と声が上がり、酒宴が始まった。そのうち相模国の山之内滝口三郎と、駿河国の相沢三兄弟で相撲が始まった。山内は相撲を三番取った後、伊豆国の竹沢元太に負けた。竹沢も五番相撲を取った後、駿河国の荻野五郎に負けた。荻野も七番取った後、同国の高橋大内に負けた。このように、主だった若者たちが入れ代わり立ち代わり相撲を取ったところ俣野五郎が出て来た。
「俣野殿は怪力であるから、負けたものはさっさと退き、次から次へ行きつく暇も与えず、寄せ合わせ、寄せ合わせ」と若者たちが順番に取り掛かったが、俣野五郎はたちまち三十二番の勝負に勝った。調子にのった俣野五郎は宿老である相模国土肥次郎実平に「年寄りでもお出ましなされ、手並みのほどを見せてあげましょう」と言った。
伊豆国河津三郎祐泰は穏便で控えめであったので、自分からはなかなか出て行かなかったが、長老に対するこの無礼が我慢できず、自分も一番相手をお願いしたいと申し出た。
俣野は東国の大男であったが、河津はさらに五、六寸ほど大きかった。両方から寄り合い油断なくして河津は俣野の上首を打ってそらせ、立ち退いて
「やはり、たいしたことはない。しかしこれほど勝ち誇ったものを情けなく打ってはバツが悪いだろう」と一度二度苦戦のふりをしてから俣野の上首をちょうと打つ。討たれた俣野が左右の手で俣野の上首を打とうとする。その懐に河津がさっと入る。俣野の右の前足を片手で取るや、放り投げた。
これが世に言う「河津掛け」である。

次回 第2章第4話 空しきこだま に続く


参考文献 小学館「曽我物語」新編日本古典文学全集53



絵がすごく下手なので恥ずかしいのですが、
河津掛け 描いてみました。(( ´∀` )

第1話はこちら

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