SとR 第二章 Sに暮らす青年が戦地に行く
※Sはとある地方の都市。
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私は戦地に行く
私は戦地に行く
私はと言えば、戦争はどこかばかばかしいものだと思っている
なぜそんな認識になったのか、今となってはよく分からない
頭が半端に悪くて、身体は強くも弱くもなく、ずるい性格だったからだろう
これと言ってはっきりとやりたいことがあった訳ではなかったが、若いうちに死にたいとは思えなかった
きっと勝てない戦争だと思っていた
相手は強い
私たちがこんなにひもじい食事をしている間に、あちらは整備された道路を自家用車で走り回っているというではないか
我慢している分こちらの方が強いのだと言われるかもしれないが、そもそも我慢すらせずに強いものに勝てるはずがない
ただ、勝つことを無我夢中で信じている風の人たちに余計なことを言うほど、私は誠実ではなかった
というよりも、腹の奥底で何を考えているのか探りあうことで、互いを危険に曝してしまうような世の中だった
考えを口に出すことは何よりも危険だ
だからみな、余計なことは口に出さない
そして、考えていることをことばにしなくなると、自分がいま何を感じているかさえ、よくわからなくなってくるようであった
私は日々、ぼんやりとしていた
家の近所に訓練場があった
兵隊さんたちが走ったり銃を構えたりしている姿が勇ましくて、よく眺めていた
しかし、そのことと私が戦争に行きたくないということは、まったく関係のないことのように感じられた
真冬のある日に戦地に行ったひとつ違いの兄は、たった3週間で石ころになり、骨箱に収まって帰ってきた
怖い兄であったが、すっかりおとなしくなってしまった
それ以来、わが家の食卓はますます静かであった
その冬のうちに、私は、私の国の統治下にある半島に就職することにした
19歳で徴兵検査を受け終えたところであったが、すぐに就職すれば徴兵が免除になるかもしれないという悪知恵があった
叔父がその半島で働いていたためか、父も母も止めはしなかった
汽車に乗って南下し、Mというまちで一ヶ月の訓練を受けた
また汽車に乗ってUを経由し皇居の前で集合写真を撮ったあと、3日ほどかけて南下し、S港に着き、そこから頼りなげな船に乗った
揺れる船に何日かすがり、降り立った半島の地は、嗅ぎ慣れないにおいがした
なんとも食欲をそそるにおいであった
私のまちに似た大きさの、まずまずの都市がそこに広がっていた
私はそのまちで自動車整備の仕事に就いた
これからは自動車だと思っていた
戦争相手国では一般国民が自由に乗り回しているというそれを、私は触ってみたかったのだ
私はよく働いた
つねにすこし興奮していた
朝早くから夜遅くまで次から次へとこなさなければならない仕事があったし、それを解決する術は誰も知らなかったから、自分で考え、手を動かした
それは驚くほどに楽しかったのだ
生きている、という感じがした
職場には私と同じく海を渡ってきた同僚が5人いて、あとは半島の人たちであった
彼らの見た目は私たちによく似てはいるが、私たちにはわからないことばを話す
彼らは片言で私たちの国のことばも話したが、お互いによく聞き取れなかったから、無理に使いもしなかった
ことばは分からなくても、彼らが何を考えているかはよくわかるような気がしたし、それはきっと、彼らも同様だっただろう
互いのことばがわかりあえないという了解がある分、感情や考えの質感みたいなものをつぶさに感じあうことが出来たのだと思う
そのことも私をうれしくさせた
ああ私はいま、生きている
働きはじめて半年ほど経った頃、同僚のうちの3人が徴兵されて、Oという島に旅立った
一月も経たないうちに、全員死んだ
私は、なぜだなぜだ、なぜこんなことになるのだ、とつぶやきながら、自分の命にもやはり近々期限が訪れるかもしれないと落胆し、その一方で、こうして生き残った自分の悪運の強さは信じるに足るかもしれないなあなどとまだ考えていた
残された私たちは相変わらずよく働いていた
やがて夏が訪れた
私たちにも赤紙が届いた
私は特に何も感じなかった
これからどのような運命が待っているかはわからないが、私はしばらくの間、確かに生きていた
もうひとりの同僚とともに、私は鉄道に揺られてTというまちを目指している
その先に、戦地があるという