「いただきます」を言わない子どもたち
子どもの居場所支援を行うNPO団体のスタッフさんにお話しを伺った際、「初めて施設に来る子どもの99%は食事を提供しても「いただきます」と言いません」と仰っていたことが非常に心に残りました。当然、居場所支援の団体にお世話になる必要のない子どもでも「いただきます」と言わない子どもはいると思います。しかし、流石にその割合が99%になるとは考えられません。この99%という数値が例えスタッフの肌感覚での目算であったとしても、非常に驚くべき結果だと感じます。(これは食前の挨拶に限らず、「おはようございます」や「こんにちは」等も言わない子どもの数も決して少なくないと伺いました。)
確かに「いただきます」を言うこと、言わないことは大きな問題ではありません。それで人間性まで否定されることは間違いだと思います。しかし、「いただきます」という挨拶が出来ないことと「貧困」という単語はある一点で繋がっていると考えます。
●「いただきます」の意味とは?
そもそも「いただきます」とはどういう理由で言っているのかわからないまま大人になっている人も多いのではないかと思います。このような背景から、過去に給食費を払っているので自分の子どもが給食を食べ始める前に「いただきます」と言わせないで欲しい、と学校側に依頼した親御さんもいたという話を聞きました。この親御さんは「いただきます」の意味を取り違えていることから、このようなおかしな方向の依頼をしてしまったのだと思います。
「いただきます」には2つの意味があります。一つ目が、命を分け与えてくれる自然に対する感謝の気持ちを伝えること、二つ目が食材を育てる人や運ぶ人、そして食事を作る人等、その食事を整えるのに携わった全ての人に対する感謝の心を示すことです。その意味で言うと、給食費を払えば感謝の気持ちや敬意を払う必要性がなくなる訳ではないです。
この「いただきます」という食前の挨拶は世界的に見ても日本特有の挨拶であり、全く同じ意味の言葉は外国のどこを探してもありません。人間が「生きる」ということは動物であれ植物であれ他の命を頂戴することで続けられることです。このようなことを「いただきます」という短い単語にした過去の日本人たちにこそ敬意を表したいと思います。美しい日本文化の一つだと感じています。
●「孤食」の増加
私は「いただきます」と言わなくなった背景に、核家族化、共働き世帯の増加、飲食店が充実したこと等で子どもの孤食が増加していることが遠因にあると考えます。現状、子どもに絞った「孤食」のデータについては省庁の方でもまとめた報告結果は公開されていないですが、朝食を一緒に食べる人がいるか?という下図データでは「子どもだけ」の食事の割合が増えていることがわかります。
上図のデータは平成5年が最後ですので、最新状況がどうなっているのかまで分析することはできません。しかし、関連する項目である共働き世帯は増加しており、更に子育て世代の離婚率上昇に伴いシングルマザー(シングルファーザー)世帯の数も右肩上がりに増えています。このことから、家の中で「いただきます」と言わない家庭が増えてきていることも想定されます。
●シングルマザーの2人に1人は貧困ライン
日本のシングルマザーの2人に1人は貧困ラインで生活していることが分かっています。仕事も家事も育児も全て自分1人でこなさないといけないのは非常に心的にも重いことだと容易に想像できます。恐らく「いただきます」という挨拶を含む食育に力を入れる余裕はあまりないと思います(当然、中には本当に忙しい中でも頑張ってお子さんへの食育に力を入れている方もいます)。そして、更に問題が深いのが親自身が子どもに教えられるほどの知識や理解を持っていないケースもあります。
●居場所支援という取り組み
では、食育はそのまま各家庭に、学校に任せておけばいいのでしょうか?私はそうではないと思います。各家庭で教えられるのであれば問題ないです。しかし、忙しいお母さんに代わって第三者が子どもに食事のマナーや知識を教えることも大切だと思います。そのような背景をもとに、子ども食堂を含む居場所支援という取り組みが活発化しています。日本には大小様々な組織があり、確かに食事提供のみを行っている団体もあります。ところが、中には食事の提供のみならず、その大切さや考え方まで子どもに寄り添って取り組む団体もあります。ご飯を食べることは誰でもできますが、食事に対する感謝の気持ちまで持てることは現代でも重要なことです。
●センズとしての取り組み
今後、センズとしては居場所支援を行う各種団体の認知度を上げ、より利用者がアクセスしやすい工夫ができるような取り組みを検討しています。いくつか居場所支援を行う団体にお話しを伺うと、利用者の数があまり集まらないことや想定していた利用者層(ユーザー)に訴求できていないということがありました。せっかく子どもたちへ居場所提供を行っているのに歯車が回らないというのは非常にもったいないことだと思います。このような状況をセンズとして打開できないかと考え、今まさに動き出しています。
●最後に
「いただきます」は単純な挨拶ではなく、そこには食に対して、そして自分が生きていることに対して感謝する意味が込められています。これは世界で見ても日本にしかない美しい文化の一つです。次世代にもこの美しい文化が継承されていくためにも、私たちは今後も子どもたちへの食育を大切にして、それを行う団体の活動が更に広がるような社会が築けることを目指しています。