見出し画像

【女湯事件ボ03】私の背中を洗ってくれた おばちゃん

「あの人、いつもこうなのよ。気にしなくて大丈夫。」
姉さんが耳うちしてくれた。

ちょっとホッとした。

今はもう無い、台東区にあった銭湯。
そこの閉店近い時間に 決まっていたおばちゃん。
私はこっそり「石鹸おばちゃん」と呼んでいた。

1:石鹸おばちゃんとの出逢い
初めて逢ったのは、もう6年くらい前。
「あんた、液体石鹸?ダメよ!」
体を洗っている最中。結構強めに言われ、ビビった。
「え?本当ですか?」
と、ついつい乗ってしまった。
この人のクセの強さを じんわりと察知しながらも、
恐らく・・・「親切心で しゃべっている(っぽい)」と思ったからだ。

石鹸ばあちゃん_銭湯OLやすこ

「そうよ。あなた、体の汚れが全っ然落ちてないのよ!」
「すみません。洗ったのですが・・・」
「”液体”じゃダメなのよっ!”固形石鹸”でホラ、こうして泡立てるの!」
「そうなんですね・・・」
「貸して!」
おばちゃんは私のタオルを指して言う。
渡さないほうが怒りそうだったので、渡した。
「ほらっ」
私の手ぬぐいにゴシゴシ石鹸を当てて、ムクムクと泡ができている。
CMに出てくる感じのホイップだった。
「すごーい!」
それは素直な感想で、おばちゃんはうれしそうだった。
「ほらっ!固形じゃないと、こうはならないよ。」
お戻し頂いた手ぬぐいで、2度目の洗体をする。
おばちゃんから、ア~ツい視線を感じる・・・
あんな緊張する洗体なんて これが後にも先にも無い経験だ。
(とその時は思った)
「違うのよ。もっと力を入れるの。わかっていないわね。」
「そうなんですね。こ、こうですか?」
とりあえず、聞いた方が確かだと思っていろいろ聞いた気がする。
昔から学校でも塾でも、そんなタイプだった私。
「いいわ。私がやってあげる」
「いえ、申し訳ないんで!!」
「いいから!」

従わない方が怒りそうだったので、早めに折れて背中をお願いした。
「あああ、もう、私のでやるわ!」
「いや、申し訳ないんで!!」

石鹸ばあちゃん02_銭湯OLやすこ


よくわからないけどイライラさせてしまった。
おばあちゃんは、自身のタオルでゴシゴシ私の背中を洗ってくださった。
結構力が入っていて、北海道のばあちゃんを思い出した。
確かに体が綺麗に・・・軽くなった気がした。
「あの、お姉さんの背中も洗わせてください」
「いやよ~、私の方が綺麗に洗えるから!」

意外だった。
自分のお背中を流してほしくって洗ってくださる人がいる・・・という話をどこかで聞いたことがあったから。その系統かと勝手に思っていた。
でも違う、この方は純粋に「固形石鹸布教者」なのである。
もしくは、北海道のおばあちゃんの遣いで来てくれたか、だ。
(しかしウチのばあちゃんは、ここまでコワくはない・・・)

2:石鹸おばちゃんの結界
その後もその銭湯に行き、相変わらず「石鹸おばちゃん」を発見した。
でも おばちゃんが一心不乱に体を洗う姿を見て、
なんとなく 遠いカランにこそっと座ってしまった。
だって、おばちゃんの洗い場の周りは、
モッコモコの石鹸がこれでもかと大量に。
あんなに私に熱心に石鹸を教えてくれたけど、
その泡で 結界を張っている様に見えた。
それ位、近寄りがたい雰囲気だった。

石鹸おばちゃん一心不乱


その後、別の銭湯によく通う様になり、しばらく足が遠のいた。
私は相変わらず、液体ボディソープを使い、
石鹸おばちゃんにきっとまた 「ダメよ!」って言われるんだろう・・・

3:石鹸おばちゃんとの再会
そして6年ほど経過。久しぶりにその銭湯に行った。
閉店時間近に。
すると・・・私の隣に「石鹸おばちゃん」が座ったではないか。
恐らく、過去の弟子だとは思わなかったんだろう。
「あんた、液体石鹸?ダメよ!」
案の定言われた。

そして、ほぼほぼ6年前と同じ事を言われ、
私は最終的に再び背中を洗っていただいた。

もちろん、私が洗う事もしっかり断られた。デジャヴ。
実は昔洗っていただいた事を言いたかったけど、
多分怒られるので最後まで黙っていた。

脱衣場に出た瞬間、どっと疲れが来た。
そもそも仕事で疲れていたせいか・・・久しぶりに脱衣場の椅子に座った。
「姉さん。あの人、いつもああなのよ。大丈夫だった?」と
いきなり近寄ってきた お姉さんが言った。
目線で、洗い場にいる「石鹸おばちゃん」を指していた。
「はい・・・優しい方で」
「ねぇ・・・」
お姉さんは優しく笑った。


その日から約1か月後、その銭湯は廃業された。
廃業を知った時、まず店主さんの事を思い、
そして石鹸おばちゃんや姉さんの事を思い出した。

じゃあ、どこで固形石鹸を泡立てたらいいんだろう。
あの居場所はどこに。

そして、もうちょっと「石鹸おばちゃん」と
おしゃべりしとけばよかったとも思った。
でも、時間はかえってこない。
あの体があったまる湯も。。

。。。皆さん、ありがとうございました。
私は今でもこうして思い出しています。

@台東区にあった某銭湯
やすこ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?