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オードトワレのラブレター

「いらっしゃい」
彼はそう言うと、私にスリッパを用意してくれた。彼は、私が家に来て最初の30分の間は優しい。映画を見たり、お酒を飲んだり、一通り事が終わると、途端に冷たくなってしまう。私と目を合わせる回数と口数が減ってしまい、私がいつ帰るべきかを何も言わずとも伝えてくる天才である。男って皆こうなのかな。今日も映画を見ようと家に招いてくれた彼であるが、彼と映画を最後まで見たことがない。いつも安っぽい恋愛モノの映画をチョイスし、ベッドシーンで肩をすり寄せ、私の頬にキスをする。なんでこんな奴のことを好きになってしまったのだろうか。小綺麗に片付いた部屋であるが、クローゼットの中に捨てそびれたペットボトルの袋が入っているのを知っているし、やたらとキレイな「掃除用の歯ブラシ」は、きっと他の女の歯を掃除する用ってことなんだろう。でも、彼の固い胸に身体を預けている間だけ、私は女性でいられる。いつも後悔するし、離れるべきだってわかっているのに、魔法にかけられたみたいに離れられない。彼のオードトワレは、悔しいけどセンスがあった。その彼だけの香りがきっと、私を魔法にかけるのだ。今日も私は、街灯のない蒸し暑い街を足早に帰る。明日は荷造りをしないといけないから足早なんだ。ふと、月が私に声をかけたような気がした。月を見上げたら、いつもより朧げで、ピンクがかっていた。泣いてなんかないよ。コオロギの大合唱の中、遠くで猫が喧嘩をしている。 


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