新お笑い論① お笑い感覚
お笑いは、私たちの生活の一部になりつつある。コミュニケーションを円滑に進めるうえで笑いは欠かすことができず、それはもはやコミュニケーション自体が娯楽となっているようにすら思う。お笑い好きの人たちだけではなく、ただの素人ですら、お笑いのノリや、ボケツッコミという役割を演じて笑いを取れる技術を身につけられている。関西人であれば、お笑い文化や新喜劇などの笑いに触れる機会がたくさんあり、それ自体は当然のことだったと思われるが、現在では全国どこでも同じようにボケてツッコんで同じような笑いが浸透しているのである。
それは、ネットが普及したことでいつでも笑いを視聴できることが可能となり、一連のお笑いブームにより、笑い自体に触れる機会が増えたことが関係しているだろう。そのため、私たちはなにが面白いか否かを峻別することが可能となり、いわゆるお笑いの感覚が自然と身についた結果だと思われる。お笑いの感覚とは、いわゆる笑いのセンスと呼ばれるものであるが、それ自体は笑いを総合的に判断することができる能力といえる。
私はここで一つの言葉を提案したい。それは「お笑い感覚」という言葉である。この言葉は、思想家のミハイル・バフチンが使っていた「世界感覚」という言葉を参考にして考えた造語である。「世界感覚」とは、人間のつくりだす情緒の評価の総和というように定義されている。私の提案する「お笑い感覚」とは、ある対象を可笑しみとして消費する情緒の評価の総和のことである。繰り返すが、それはお笑いセンスに限りなく近い意味でもあり、ある対象を可笑しみとして構成する能力のことでもある。一方的に笑いを受容するだけではなく、お笑い感覚を通してシュミレーションして、能動的に可笑しみを構築する能力のことである。
お笑い感覚は人によって異なる。それは見てきた世界が人それぞれ異なるからである。同じ笑いを受容したとしても、人によって解釈は異なり、違う意味合いの可笑しみとして生成されるのである。ユーモアとは、多様な見方を提案することである。それは極端に言うならば、あらゆる解釈を可能とし、解釈の幅を広げることを可能とする。そして、それを受容する人々の数だけ、そのユーモア自体が違う仕方で可笑しみとして現れるということである。
本論では、お笑い芸人とお笑いを受容する人々のお笑い感覚に着目した内容となっている。お笑いを作る側も、お笑いを受容する側も、同じような仕方でお笑い感覚を介することで、何らかの対象を可笑しみへと変状させることが可能となるのである。冒頭で述べているように、私たちはお笑い感覚を自然に養うことができる世界的にみても稀有な環境に存在しているといっても過言ではない。それらを考察するのが本論の試みであるし、新たな視座を与えられたらなと思っている。
本論は、以前別のブログで書いていた「お笑い論」を新しくリライトした内容となる。リライトすることを決めた理由は、お笑いの価値観自体が以前と比して明らかに変質しつつあるように思うからである。それは後述する予定であるが、現在の状況はお笑い芸人にとってとてもシビアな環境となっているように思うし、お笑いという行いによって誰かを傷つける可能性が高まっているように思うのである。お笑い自体はさほど変化していないと思うが、可笑しみを受容する人々の側にそれは関係しているように思う。それはつまり、お笑い感覚の劣化を意味する。快よりも不快。何気ない言葉にすら痛みが宿るというようにすら思われるのである。
では、どうすればいいか。どうすればお笑い自体をあるがままに受け入れられることになるか。本論では、なぜそのような状況になっているかの分析にとどまり、解決策は見いだせていないのが現状である。それはこの連載を書いていくなかで見つけられたらと思うし、少なからずヒントを与えられたらと思う。
まずはお笑いの歴史から見ていきたいと思う。長い連載になるかと思うが、お付き合いいただければ幸いです。
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