ティーハウス ヒグレ〈4〉
観測不可知の商店街、ここはメルゴが王を目指す起点ともいえる第2章の傷狂いの街を思いださせるような場所だった。駅のホームを出ると、目の前に広場があり5つのアーケードが繋がっている。ゲートをくぐると大通りを挟むように店が立ち並び商店はどこも様々なランプの光で彩られていて、私のような部外者を追い返そうとしているようなギラギラとした過剰な明るさで溢れている。
【メルゴの微笑】に登場する傷狂いの街では、メルゴの一団が旅の道中、街人に付け回され訳も分からず逃げ回っている内に仲間とはぐれてしまうのだけど、その土地の子供と知り合いメルゴは初めて友人ができる。しかしそれはメルゴを狙った罪人の策略で、最終的に惨い別れをして深い傷を負って街を後にする。原作で最も重い話なので劇団によっては省略や改変されることもあるほどで、ファンの間で賛否両論されていたこともあったけど昨晩観劇したα劇団の舞台【メルゴの微笑】ではきっちり表現されていた。そうだ、妙にデジャヴを感じると思ったらα劇団の舞台セットとそっくりなんだ。気づかないうちにまた私の記憶に干渉されて物語の街が再現されている……?可能性はゼロじゃない、だって私はこの商店街に向かう列車内で、宙人が無意識に発するという認識妨害の力を車内にいた宙人から浴びて一瞬意識を失ったんだもの。その時に助けてくれた磨輝屋さんからもらった月水晶と常連さんの切符があるから今は何ともないけど、【メルゴの微笑】を取り戻す時間は残り僅か、どころか手遅れなんてことも……。
ああもう!そんなのまだわからないじゃんかっ起こってもないことで悩むな、私!磨輝屋さんに書いてもらった地図を開いてティーハウスヒグレの場所を確認するとここからそう遠くないみたいだ。先に進まなくちゃ。
☆
ネコタが到着する少し前、
朱輝の巨星から話を聞き終えた常連こと調整屋は、一足先に観測不可知のプラットフォームに着いていた。ネコタが降りてくるが声はかけない。用があるのは、今ネコタと親しげにしている大荷物を抱えた宙人だ。2人が離れたところを見計らって調整屋は、磨輝屋に声をかけた。
「調整屋!?アンタがこっちにいるなんて珍しいじゃない!」
「先程あなたと一緒にいた方が今回の依頼人兼被害者でしてね」
「ネコタちゃん?」
商店街に入って行くネコタの後ろ姿を見て磨輝屋は大げさにため息をついて言った。
「話聞いたわよ。アンタ、あのへたくそな許可証は何?ネコタちゃん列車内の宙人に当てられて意識不明になりかけたのよ、何のための許可証なの?」
ネコタに渡した切符の事だろう、急ごしらえの物では負荷に耐えられなかったようだ。話を聞くと磨輝屋が迅速な手当てを施してくれたようで大事には至らなかったという。謝罪を伝えると「あたしにいってどうすんのよ あとでちゃんと謝りなさいよ」と呆れられてしまった。
「というかどうしてネコタちゃんと合流しないの?こんな場所に星住人がひとりでいたらどう思われるか、わかってるはずよね」
「もちろん承知の上です。ですがその前にあなたの弟子、いえ甥御さんについてお聞きしたいのです」
磨輝屋は信じられないというような顔だ。まあそうだろう。彼のことを調べるのは少々骨が折れた。
「どうしてアンタがあの子の事を……っちょっと持って、あの子が話題に出たってことはもしかして」
「今回の件で甥御さんが関わっています。ともかく移動しながら話しましょう。これからその子を迎えに行くところだったのでしょう?」
「……わかったわよ。少し目を離したすきにあの子、何やったのかしら。私の留守中はテントの港の銀糸収穫の手伝いをしているはずだけど、少し待って確認する」
磨輝屋は調整屋から離れテントの港に連絡を取ったがすぐに戻ってきた。
「来てないって。それどころかあたしに着いていくことになったから手伝えないって嘘の連絡をしていたみたいで驚いてたわ。ティーハウスヒグレに向かった方がいいわね」
「そうですねぇ……。ところで、街の雰囲気がおかしくありませんか?私の記憶違いでなければこんなとぐろを巻いたような道はなかったはずですが」
「え?ちょ、なによこれ!!?」
アーケードの先の商店街は勾配差の激しい曲がりくねった道となり軒先を飾るランプからは直射日光かというほど光があふれている。そしてほんのりと紅茶の香りが漂っていた。
「もしかしてあの子たちがやったの!?」
「おそらく。これはさすがに想定外ですね……」
故意か事故かわからないが、足止めされてしまった。何とかしないとティーハウスヒグレに行けない。さて、どうしたものか……。
「も~何なの今日はっ でもネコタちゃんにおまもり渡しておいてよかったわ。あの時のあたしナイス!」
磨輝屋は器用にバランスを取って担いでいる荷物をドサドサと乱雑に降ろし、肩にかけていた手のひらサイズのポシェットからコズミックブルーの毛糸玉を取り出した。意思があるのか、するするとひとりでに解けてゆき、すっかり迷路となった商店街へ迷うことなく伸びてゆく。
「この糸で作ったおまもりをネコタちゃんに渡しているの。この子は切断されても己を見つけ出す 糸をたどれば合流できるから」
「おお、なんと素敵なアイテムをお持ちですね!」
「本来ならアンタが対策するところでしょ!これは貸しよ、今度仕事を手伝ってもらうからそのつもりでね」
「申し訳ない……」
「それであたしの甥っこのことを聞きたいんだっけ?」
商店街を入ってすぐに磨輝屋は手元の毛糸玉から目を離さずに訪ねた。ランプの強い光と天地が逆転したような大通りにネコタが迷っていないか心配になりつつ調整屋はうなずく。
「あたしの甥っ子オノノキっていうんだけど、前の磨輝屋と星住民との間にできた子供なの。私が生まれて数年たった頃、仕事で行ったとある星のひとに一目ぼれし結ばれてその星に永住した。そう、前代未聞よね。宙人は生まれた瞬間から定められた生業で星のために長い生涯を全うするものだけど、彼は宙人として欠かせないものを手放したんだから。浮世離れなんてレベルじゃないどうやってこのことを調べたのか知らないけどアンタに聞かれるまで、あたしとティーハウスヒグレのマスター以外の宙人には秘密にしてた。でもなんだかんだ祝福してたの、彼はいい宙人だったし仕事をきっちり教えてくれたから。けどオノノキが12歳の時に夫婦二人が、その……事故で、亡くなって。奥さんは結婚するまで天涯孤独だったそうで、紆余曲折あって最終的にあたしが引き取ることにしたの。体面上は弟子ってことにしてね。両親の死が原因でこっちの来てからオノノキは引きこもりがちでね、ここだけの話どう接したらいいか今でも悩んでいるの。でもあるとき、隣のティーハウスヒグレにも弟子が現れてその子と仲良くしてるみたいよ。」
秘密という割にやけに詳しく語ってくれたものだ、いやもしくはずっと誰かに聞いてもらいたかったのかもしれないと調整屋は思った。ティーハウスヒグレの弟子については調べてもほとんどわからなかった。聞き込みをしたがよく知らないからと露骨に避けられるか、話題をそらされた、宙人の間でなぜが孤立する弟子、オノノキはその子に親近感を覚えたのだろうか。
「その子は何者なんですか?もしやオノノキさんと同じ境遇の方で?」
「いいえ。ただ彼女にとってここは生きずらいところでしょうね。……彼女はみんなにこう呼ばれている、ストラグラーと」
☆
「ここだ」
タイル張りの看板にティーハウスヒグレの文字を見て、ほっと息をついた。昨晩来たときと看板を除いて外観が違っていたからすぐ気づけなかったのだ。三階建てのビルの半地下だったはずが一軒家になっているし、お店を覆っていた蔦は光源リースに変わりライトアップされている。昨晩は元々あった建物を間借りしてたのかもしれない。看板をよく見といてよかった。
入口のガラス戸を引いて入ると濃い紅茶の香りに包まれた。店内はこじんまりとしたログハウスという感じで、扉を入ってすぐカウンター席が並び、クッキー入りの大瓶やケーキがセットされていて、奥の壁棚にティーカップや紅茶缶が飾られていて目が楽しい。こっくりとしたブラウンのテーブルが3席あってブルーグレイのソファは座りごこちが良さそう。心なしかひんやりとした空気が漂っていて頬が緩みこのお店いいなと感じた。
誰もいない、と思ったら二階からしゃべり声がかすかに聞こえる。店の奥に向かって声をかけると「はぁい!」と昨晩と同じ私を操りかけた声が返ってきて固まった。階段を降りてくる足音に全神経を集中して見つめていると、現れたのは学校の制服のような白ブラウスとスカートに、エプロンを身に着けたごく普通の女の子だった。13歳ぐらいなのかすごくあどけなく感じる。私たちは10秒くらい見つめ合い、女の子が恐る恐るといった感じで聞いてきた。
「もしかしてひとのお客様ですか?」
なんだかおかしい質問だけど、宙人で言うところの星住民なのか聞いてるんだろう。私がうなずくと女の子はパアァと表情を明るくし、勢いよく近づいてきた。
「やっぱり!!ようこそ、ティーハウスヒグレへ!わたしはスーラといいます。オノノキ以外のひとが来てくれたのはじめてです~!さあカウンター席にどうぞ~!」
「や、近い近いっっじゃなくて、私は……」
「ひと用のお茶も取り揃えていますよ~。今夜のおすすめはアールグレイ、セイロン、ウバ。フレーバーティーならオレンジとペパーミント、それにオリジナルフレーバーの凍夜柑です。」
「あの、」
「甘いものはお好きですか?本日はイチジクケーキ、チーズケーキ、ガトーショコラ、スコーン。スコーンはプレーンとミックスベリーの2種類あります~!」
「聞いて……」
う……マシンガントーク……。人懐こい小型犬みたいに絡みつかれて、さっきまでの緊張が薄れてきたその時
「スーラ、だれそいつ」
ぞっとするような冷たい声に顔をあげると、階段の柱から琥珀色の双眼が私をにらみつけていた。怒気を通り越して殺気を感じ思わず後ろに下がる。
「もうオノノキ、お客様に失礼ですよ」
オノノキと呼ばれたその人はスーラと同じくらいの年齢の男の子で、やけにゆっくりと階段を降りながら、初対面のはずなのに私を親の仇のごとくにらみ続ける。
「お客様ねぇ、けどおかしいと思わないかスーラ」
皮肉たっぷりのしゃべり方に神経が逆立つのを感じる。スーラは何のことですか?と頭をひねった。
「ここは観測不可知の商店街、宙人の招待がなけりゃ入れない場所だ。何の目的もなくこの店に来る奴なんていない。そうだよなお客サマ?」
「そうよ」
低い声で返すとそばにいたスーラがびくっと震えて少し罪悪感が芽生えた。けど、オノノキは私がここに来た目的を感づいている、と気づいて負けたくないと思った。
「あなたたち、昨晩私の住む星で【メルゴの微笑】という作品の記憶を収集したでしょ。それを取り戻したくてここまで来たの。どうかお願い、【メルゴの微笑】を返して」
「……」
「なんでそんなことをしたかはわかってるの。仕事のためなんでしょ?だけどお願い。私ができることだったらなんでも協力するから。だから、」
「くくっ……交渉下手かよ。しかもせっかく逃げ延びたってのに自分から網にかかるなんてな」
オノノキは思わずといった感じで嫌な笑いをもらし、ぼそっと不穏なことを呟いた。どういう意味?
「スーラ」
そしてはじめて少しやさしさを含んだ声で彼女の方を向き、衝撃的な一言を放った。
「欠けてた素材がこちらのお客サマだ。記憶を採取すれば依頼品が完成する」
その一言で私の記憶が奪われるのだと察し背後の扉に走ろうとして、
体が動かなくなっていることに気付いた。
続く