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民俗信仰収集 #001
民間伝承が基になって創祀された神社仏閣は数多くありますが、初回は福岡県京都郡みやこ町に伝わる「せん助さん」にまつわる仙人神社についてです。
この仙人神社に祀られている「せん助さん」は江戸時代の実在した民間人であり、神格化されがちな武士や天皇、貴族などとは違う身近で独特の信仰色が見られます。
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せん助さんの口だといわれるお堂の後ろにある、石の尖った先端部分に酒をそそぎながら「せん助さん、まあ一杯おあがり下さい」と言い、次に「今度は私が一杯いただきます」と言いながら酒をくみかわし願い事をすればかなうというなかなか変わった参拝方法です。
伝承の全文はこちらです。
「せん助さんは江戸時代後期の安政年間頃に京都郡池田村(現みやこ町勝山池田)に実在したといわれる人物です。伝説によると、たいへんお酒が好きで、お人好し。会う人みんなにお酒を飲ませて陽気に笑い、自分の山を売っては祝い酒をふるまう、そんな名物男でした。
そのせん助さんの口癖は「自分が死んだら林の中の山桃の木の下に埋めてくれ。神様になってみんなの願い事を一つ叶えてあげる」というものでした。しかし、せん助さんが死んだ時、家の者はこのことを気にもとめず、村の墓地に埋めてしまいました。そうしたところ、その夜から三日三晩、笛や太鼓の音が家中やかましく鳴り響き、家の者は一睡もできなくなってしまいました。あわてて山桃の木の下に埋めかえたところ、ピタリと騒ぎが静まったといいます。
現在、せん助さんのお墓は高野山の麓に仙人神社としてまつられており、地元では命日の三月十九日に「せん助祭り」をして供養しています。この神社にお参りするときには、せん助さんの口だといわれるお堂の後ろにある、石の尖った先端部分に酒をそそぎながら「せん助さん、まあ一杯おあがり下さい」と言い、次に「今度は私が一杯いただきます」と言いながら酒をくみかわし願い事をすればかなうといいます。」
(案内板より)