見出し画像

料亭の真実(前編)

あれから何年も経ったのに、未だに何度も夢見てしまう。そんな悪夢が誰しも一つや二つあるのではないでしょうか?あれっ?ない?

僕には3つあります。
ひとつは中学生の頃、数学の授業で学年主任の鈴木先生に罵倒され続ける夢。
もうひとつは結成したばかりのバンドの初のリハでギターのネックが折れてしまった時の夢。
そして最後のひとつは、、、

僕が上京して初めて勤めた飲食店はT区にある、その辺りでは有名なIという料亭だった。
皇室の方もお使いになった事があるとか、、、

あー、なんかバイト探さないとなぁ。

プラプラ歩いていると、目に留まった張り紙。
アルバイト募集 簡単な調理補助 時給¥850
すごく、立派な構えのお店だな。
とりあえず、電話して話だけでも聞いてみようかな、、、

物事を甘く見て、簡単に済ませようとすると時折とんでもない場所に足を突っ込んでしまう事があります。アウターゾーンですね。

島倉千代子似の女将さんの簡単な面接を受け、調理場に連れていかれた。白い割烹着を着た板前さんが3人。パートらしき女性が2人、お婆さんが1人。

そして冷蔵庫に近い、大きなまな板の前に立っている恰幅の良い60歳前後の男性、この人がボスだろうか。女将さんから紹介されたので挨拶した。

「よろしくお願いします!」

ギロっとこちらを見ると、一言。

「ウチは厳しいよ」

この言葉に偽りは無かった。
皆に「だんなさん」と呼ばれているこの人物こそが僕の悪夢の正体、オーナー兼板長のI氏である。

もちろん名前は明かせないが、この料亭と板長はTVや雑誌の取材を何度も受けているので、ご存知の方もいるかもしれない。

僕の仕事は洗い物、掃除、野菜を運んだり、食材を冷蔵庫にしまったりする完全な雑用係だ。

白いゴム長を履いて市場のお兄さんが着けているような防水エプロンをギュッと締めれば
あっという間に、板場の下っ端の出来上がり。
初日、2日目までは手取り足取り、皆に優しく教えてもらった。だんなさんも、ニコニコして優しかった。
何とかやっていけそうだな、位に思っていた3日目の朝、着替えて板場に向かうと

「明日の仕事やってんじゃねーぞ!!!」
「出来ねーのか?じゃあ出来ませんて言え!辞めろ辞めろ、辞めちまえ!!!」

凄まじい怒鳴り声が、、、 
どうやら、煮方(煮物担当、板場では2番手のポジション)の段取りが遅れているのが気に入らないらしい。

後にも先にもこんなに激しく怒る人を見た事がない。
板場に入るとみんな一言も発さず下を向いている。
揚げ物担当の婆さんは耳を塞いで、僕の方を見て(うるさいねー)と口パクで伝えてきた。

僕はおそるおそる、だんなさんに「おはようございます」と言うと、一応「、、、ああ」
と答え、その後は静かになった。

怒りがおさまったのかと思いきや、ここからが地獄だった。
だんなさんは、魚をおろしたり、お造りを引いたりしながら誰に言うでもなく

「お前なんかいらねぇよ」
「あーあ、いやだいやだ」
「ドシロウトは相手にしたくねー」
「給料なんか出ねえよ」
「のろいねぇ明日になっちゃうよ」

聞こえるか聞こえないか位の小声で延々と不満を言い続けるのだ。

ネチネチしてない分だけ『美味しんぼ』の海原雄山の方がマシだ。

あーあ、えらい所入っちゃったな。
とっととオサラバするか、、、
何て考えてると突然だんなさんが

「山田君、包丁使える?」
「いや、そんなには、、、」
「ふぅん、まぁいいや。教えるから、K(煮方の人)の仕事手伝って」

僕は急遽煮方の補助を命じられた。

イヤな予感しかしないよね。(後編に続く)

光原伸先生『アウターゾーン』
『ドラゴンボール』や『スラムダンク』などのジャンプ全盛期オールスターズの中では異色のホラー&ミステリー作品だった。


激昂する『美味しんぼ』の海原雄山。
だんなさんとダブる。怒る理由があるだけ、まだマシだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?