【いい店の人と考える、これから先のいい店って? vol.4】 椙下智海さん、宇根裕子さん、中村拓史郎さん(FUNKY・SOMETIME)
時代の波とコロナ禍による大きな転換期を迎えている今、お店というもののあり方も大きく変わりつつある。
お店というのは、住まう人や訪れる人と地域を結びつける、街にとっての窓みたいなものなのではないか。そう考えたとき、これから先の街を、社会を、そして住まう人を元気にしていくような「いい店」とは一体どういうものなのだろう。
お店を始めたい人も、既にやってる人も、いい店が好きな人も、みんなが知りたいこれから先の「いい店」のことを、実際に「いい店」をやっている方や手掛けた経験を持つ人に聞いてみたい。四回目に登場するのは東京・吉祥寺に1960年にオープン。70年代にかけてジャズ喫茶ブームを巻き起こした名店の名を今に受け継ぐバー&キッチン〈FUNKY〉と、系列店で1975年にオープンしたジャズクラブ〈SOMETIME〉の2店である。
今回はFUNKY店長の椙下智海さんと、SOMETIME店長の宇根裕子さん、両店を含む同グループのレストラン部門を統括する中村拓史郎さんにお話を伺った。
“吉祥寺の父”が作った、長く愛される街の居場所
椙下さん「私は入社してまだそれほど長くないのですが、いろいろと就職先を考える中で最終的にこの店(FUNKY)を選んだのは、やはり街の方々に長く支持されているお店であるというのが大きな決め手でした。
実際に働き始めてみると、何十年も通われているお客さんが本当に多いことにあらためて驚きました。特にFUNKYに関しては以前とは営業形態が変わっていることもあってか、どなたも口々に“昔はこんな雰囲気だったんだよ”と教えてくれたり……。私たちのほうが教わることも多いんです。そんなところにこの店の歴史を感じますね。
若い頃ジャズ喫茶時代のFUNKYに通っていて、年齢を経た今はお酒を飲みに来て下さる。それってすごくありがたいことだなって。店としては時代に合わせてスタイルが変わっても、FUNKYの根っこの部分は変わっていない。そういう部分を皆さん愛してくださっているんだと思います」
中村さん「吉祥寺という街におけるFUNKYの存在感って、昔から変わらないままなんですよね。ジャズ喫茶時代を知っている人も、最近新しく来てくれるようになったお客さんも、FUNKYに対する思いを共有しているというか。そういう部分が絶対あると思うんです」
〈FUNKY〉は1960年、当時高校生だった故・野口伊織氏の提案で両親が営む喫茶店の地下にジャズ喫茶として開店した。66年には3階建てに改装。地下1階と1階はおしゃべり厳禁のジャズ喫茶、2階をジャズボーカルアルバム専門のサロン的なバーとし、各フロアにオーディオ装置やスピーカーを配置。吉祥寺のジャズ喫茶ブームの先駆けとなった。
野口氏はその後も〈be-bop〉〈アウトバック〉〈SOMETIME〉など吉祥寺を中心に多くの店舗を手掛け、“吉祥寺を町から街に変えた男”、“吉祥寺の父”と称されるように。2001年、58歳で亡くなるまで経営者として手腕を発揮した。
そんな野口氏の生前の姿をよく知るのがSOMETIMEひと筋36年、同グループの生き字引的存在である宇根さんだ。
宇根さん「野口さんはジャズ喫茶だけじゃなく和食店やバーなどさまざまな業態のお店を何十も手掛けたのですが、とにかく面白いことは何でもやろうというアイデアマンでした。そのどれもが個性的で、あえて同じ系列だとわからないようにしていた節がある。ユニークな感性を持った経営者でしたね。
また思い立ったらすぐやらずにはいられない行動力と少年のような純粋な心の持ち主でもありました。ある時は思い付きでお店の照明を一晩で全部取り替えたり、ある日、水回りが故障したのでどうしましょう、と連絡するとすぐ店に飛んできて、高級なシャツを腕まくりして排水管の奥まで手を突っ込んで自分で直しちゃう。そんなことがしょっちゅうありました。
私は音楽学校に通っていた1986年にアルバイトとしてSOMETIMEに入りましたが、地下に続く階段を降りて、目の前にパッと広がるレンガの壁に囲まれた空間はその頃からずっと変わっていません。ジャズという音楽は基本的にマイナーなジャンルなんです。でも常に愛好家がいて、ここに生音を聴きにきてくれるお客さんがいる。だからこそ昔のままのスタイルを保てているのかなと思っています。もちろん、フードや接客のオペレーションは時代に合わせて変えていってますけど」
あそこに行けば楽しいよね、と思ってもらえる店づくり
宇根さんはさらに、吉祥寺という街の性格をこう話す。
宇根さん「吉祥寺って繁華街のイメージがありますけど、今も昔も道を1本中に入ると普通の住宅街なんです。だからFUNKYもSOMETIMEも地元のお客さんがとても多い。カウンターで飲んでいて、隣の隣は知り合いだったみたいなね。どこか村っぽい空気感があって、それと店の雰囲気がずっとマッチしてきたというのはあるんじゃないかな。吉祥寺の街中は、新しいお店も増えてはいますけど、うち以外にも結構老舗が残っているんですよ」
中村さん「僕は若い頃にバンドをやっていて、演奏を聴きながら働けるということで20数年前にSOMETIMEでアルバイトを始めました。自分がやっていたジャンルはロックで、当時はジャズのことなんてまったくわからなかったのですが、毎日聴いているうちに少しずつ音の良さが理解できるようになっていったんです」
中村さんが語るように、どちらかと言うと敷居の高いイメージがあるジャズの世界。しかし、30年以上働いている宇根さん自身も「いまだにジャズが何かなんてわかりません」と笑う。
宇根さん「だからここで働く人にはある程度音楽好きではあってほしいけど、ジャズに対してマニアックである必要はない。それはいつもスタッフの子たちに言っています。それがオープンな店の雰囲気を作ると思うんです。ジャズを知らないお客さんもフラッと入ってきてもらって、食事や飲み物を楽しみながらいい音を感じてほしいんです。実際、昼間は普通にお茶を飲みに来ているお客さんが多いですし。
ジャズバーやジャズ系のライブハウスって、来てくれるファンを当て込んでゲストのミュージシャンを決めている店がほとんどなんです。だから自然と人気ミュージシャンに頼る傾向があるんだけど、SOMETIMEは“とりあえずあそこに行けば楽しいよね”と思って貰える店づくりが野口さんの頃からの基本方針。言うならばミュージシャンではなくお店の魅力でお客さんを呼びたいんですよ。
ゲストのミュージシャンにとっても、“SOMETIMEならいつもお客さんが温かく迎えてくれる”と知っているからリラックスして演奏できるし、ありがたいことにSOMETIMEが好きで出演したいと言ってくれるミュージシャンもたくさんいる。ただのハコじゃなく、お店として魅力的であるかどうかというのは、音楽を聴かせる飲食店にとって大事なことなんです」
椙下さん「SOMETIMEでのライブが終わったあとに、余韻を味わいながらゆっくりお酒や料理を楽しみたいと、FUNKYに顔を出してくれるお客さんもいらっしゃいます」
中村さん「ありがたいことに常連さんの行き来も多いですね。SOMETIMEは昔ながらのスタイルで、FUNKYは時代の変化と共に更新されていく。対照的なんだけど、どちらも根っこにジャズがあるんですよね。それは野口さんの遺した私たちにとっての芯の部分だし、両店にあるオーディオ機器やスピーカー、たくさんのジャズのレコードはその象徴なんです」
宇根さん「最近、SOMETIMEがドラマの撮影に使われる機会が多くて、常連さんに“こないだまたテレビに出ていたよ”と連絡を貰うのですが、一瞬しか映っていなくてもすぐSOMETIMEだとわかるって凄いことだなって。そんな現代にも通じる個性的な内装を50年近く前に作った野口さんは、改めて凄い感性の持ち主だったんだなと思わされます。
75年にSOMETIMEを作った時の逸話があって、職人さんが壁にレンガを積んでいるそばから“ここには空間があった方がいい”と野口さんがハンマーで壊していったらしいんです。当然、職人さんは怒るもんだからその場でケンカになっていたそう(笑)。今でもその跡は残っていますよ。
店内はスタッフの動きやすさよりも見栄え重視だから、同線は正直良くないしキッチンスペースも狭い。でもパッと目に入る風景はどこを切り取ってもSOMETIMEそのもの。壁にはミュージシャンたちが鳴らした音と、タバコの煙がしみ込んでいて、それが見えない店のパワーになっている気がしますね」
スタッフと客とのアナログな触れ合いが飲食業の魅力
型破りな先人の存在と、積み重ねた歴史。そしてこの先の未来。吉祥寺の名店で働く3人にとって、改めて「いい店」とはどんな店なのか。
椙下さん「私にとっては、気楽に行けるお店がいい店なんだと思います。お洒落していく店、たまに奮発して行く店、いろいろありますけど、自分が少し疲れていたり、気持ちが弱っている時にその店に行くと、少し心が軽くなるようなお店。そんな存在がひとつあるだけで、きっと救いになると思うんですよ。
FUNKYもSOMETIMEも、長い年月の間にいろんな人を受け入れてきたお店です。なので、この先も皆さんにとって安心できる店、家に帰ってきた気分になれる店でありたいなと考えています」
宇根さん「やっぱり“人”の存在ですね。料理がおいしい、お酒がおいしい、そういう大前提とは別に、“あの店員さんの顔が見たい”と思えるお店。店ってもちろん空間も大事だけど人に会いに行くという部分が大きいんですよ。特に最近はコロナ禍でいろいろハードルが高いけど、“たまにはちょっと顔を出しておくか”っていう気分を私は大事にしたい。愛想のいい店員がいる、という意味だけではなくて、例えばどんなに店主がぶっきらぼうで、ろくに喋ってもくれなくても、でもこの店で飲むと落ち着く、その店主と交わす少ない会話で救われる、そういうお店ってありますよね。椙下さんが言ったことにも近いけれど、家とは別にそういう場所があることって誰にとっても必要だと思います」
中村さん「ふたりがずいぶんいいこと言っちゃったからプレッシャーですけど(笑)僕は“アナログ感のある店”でしょうか。今回のコロナ禍で初めて長期間営業できない経験をしたのですが、その中で改めて接客業の魅力はスタッフとお客さんとの触れ合いにあるのだなと痛感したんです。
僕らの店も自粛期間の初めの頃はデリバリーをやったり、オンラインで何かできないかと試行錯誤しましたが、僕たちのスタイルにそれはマッチしないのかなと。宇根さんも言っていますけど、やっぱり人間同士顔を突き合わせて会話を交わす。そこがお店をやっていて一番楽しいし、原点はそこにあると感じましたね。
お客さんと接している瞬間って、店にいい空気が流れているんですよ。もちろんコロナのことがあるからすぐに元通りとはなりませんが、久しぶりに来てくれたお客さんが“やっとお店に来れたよ”と言ってくれたりするとやっぱり嬉しいし、今の僕らにとって喜びを感じられるところなんです」
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FUNKY
住所:東京都武蔵野市吉祥寺本町1-7-3
営業時間:ランチタイム 12:00〜15:00 ※コースのみ最終入店13:30
ディナータイム 17:00〜23:00ラストオーダー
月休
https://www.sometime.co.jp/funky
SOMETIME
住所:東京都武蔵野市吉祥寺本町1-11-31 B1
営業時間:カフェタイム 12:00~17:00
ライブタイム 18:00~22:00 (ラストオーダー21:00)
無休
https://www.sometime.co.jp/sometime
※各店舗の営業時間は新型コロナウイルス感染拡大状況などにより変更する場合があります。
写真/石原敦志 取材・文/黒田創 編集/木村俊介(散歩社)