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【ファンタジー小説】ソラノトウ【試し読み】


概要

少女が目覚めると、そこは塔の中だった―― 三人の少女が果てしない塔を登る物語。

オリジナルファンタジー小説 『ソラノトウ』(本編2万字程度)

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本編

 ――遠いどこかで、少女は目覚めた。
 
 
 サトが目を覚ますと、そこは見知らぬ場所だった。起き上がり辺りを見回すと、周囲の床や壁は石でできているのが分かる。触るとひんやり冷たかった。
 どこかの部屋のようだ。四角く囲われた壁に扉が一枚……窓はない。
 サトは不思議な気分だった。なんというか、異国に来たかのような感じだ。
 ここはどこなのだろう……そう思いながら、サトは辺りを見回し、部屋の出口へと向かった。
 ――わあ……。
 扉を押して部屋から出たサトは、驚いて目を見開いた。目の前には異常なほど縦に長い、巨大な空洞があった。
 先程の部屋と同じように石造りの壁が、上にも下にも円筒状に伸び続けている。そしてそれに沿うように階段がぐるぐると、どこまでも渦を巻いていた。サトはその壁の内側に、たった今入ったのだった。
 サトは自分が今、天まで続く巨大な塔のなかにいるんじゃないかと、この長い建造物を見て漠然と思った。いや、もしかしたら地球の裏側まで続く井戸なのかもしれない。
 ……それらが真実であるかどうかは分からないけれど、とりあえずサトは、ここを塔と呼ぶことにした。
 
 塔の壁には窓がなかったので、自分が今どれくらいの高さにいるのか、サトには見当もつかなかった。上を見ても下を見ても、底なしの空洞が果てしなく続いている。違いとしては、上では光がぼんやり輝いているのに対して、下では暗闇が沈んでいることくらいだ。もしここに落ちてしまったら……。そう思うとサトはぞっとした。
 知らない場所にひとり残され、どうしたらいいのか分からない。途方に暮れて目の前の階段に、ぼうっと座り込んでいると、遠くから「知らない子!」という声が耳に届いた。下の方から足音が、かすかに聞こえた。
 サトが音のする方向を向くと、同じくらいの歳の女の子が階段を駆け上がり、こちらに向かって来るのが見えた。
「何してんの!」
「えっと……」
 サトは言葉につまる。女の子は、しゃがんでこっちを見つめている。なんて返せば良いのか、とっさに答えが浮かばなかった。
「特に……何も……」
「ふーん?」
 その答えを聞いて興味が失せたのか、女の子はそのままサトから離れていこうとする。その態度は、サトに焦燥感を抱かせた。
「あ、あの!」
 必死に呼び止めた後で、サトは言葉を探した。
「ここがどこだか知ってる?」
「んー、知らない!」
「あなたは、何してるの?」
「ぶらぶら!」
「名前は?」
「ミカ!」
「そうなんだ……」
 名前を教えてもらえたことで、少し安堵する。「あ、あの、わたしは、サト」と、サトは自己紹介をした。
「えっと……ミカちゃんって、呼んでいいかな?」
「いいよー」
「良かった……。ミカちゃんは、どうやってここに来たの?」
「分かんない! 気がついたらここにいた!」
「わたしもっ! わたしもなの!」
 ミカも同じような境遇だと分かって嬉しくなったサトは思ったより大きな声が出る。その声は塔のなかにこだました。サトは恥ずかしくなって、すぐ気弱な声に戻った。
「ご、ごめん……わたし、さっき目が覚めて……。
 ミカちゃんは、その……不安じゃないの?」
「なにが?」
「うーんと……色々と?」
「……」
 ミカが急に真顔になった。その顔に、サトはどきっとした。何かまずいことでもいっただろうか。
「分かんないー」
 ……身体ごと横に曲げて首をかしげる。どうやら質問に真面目に考えてみたものの、何も思いつかなかったらしい。
 サトとミカがそんなやり取りをしていると、また足音が響いてきた。今度は上からだ。天を仰ぐと、またひとり少女がどこかの部屋から外に出てきたところだった。身体はほっそりと痩せていて、白い肌が印象的だった。
 少女は辺りを見まわすと、上へ行こうと階段に足をかけた。そこへミカが、さっきサトにした時と同じように、笑顔で少女に走りよって尋ねた。
「どこ行くの?」
 その少女が何か答えようとしたところで、「ミカ!」と呼ぶ声が聞こえた。女の人が、こちらを見つけると近づいてきた。
「ミカ、この子たちは?」
「ん、今見つけた!」
 ミカは、この女の人とどうやら知り合いらしい。女の人はサトともうひとりの少女を見て尋ねる。
「もしかして、ふたりとも目覚めたばっかり?」
 頷くサトと少女に、女の人は自分についてくるように言った。
「ここは危ないから」
 その女の人は自身をキクと名乗った。
 
 キクに案内されてとある部屋に入ると、十数人がそこにいた。皆、訳もわからず、いつの間にかここにいたらしい。年齢は大人から子供まで、男性も女性もいる。
 こうしてみると、集められた人々に確固とした共通点は一見なさそうにも思えるが、彼らは自分たちが皆“同じにおい”をしていることを、誰もが感じ取っていた。誰に尋ねたわけでもない。話を聞いて確証したわけでもない。ただ、なんとなくここにいる人々の雰囲気と所作、自分の記憶から漂うにおいが、ツンと鼻をついて直感させた。
 みんな、一度死んだのだということを。
 
 サトがここで目覚めて、ミカたちと出会い、少し時間が経った。……おそらく幾日かは経ったはずだ。
 なぜこのような曖昧な言い方になるのかというと、理由がある。ここでは時間が分からないのだ。
 この塔の壁には窓がひとつもなく、外へと繋がりそうな扉も、少なくとも周囲には見当たらなかった。
 唯一、外に出られるかもしれないのは、天から降ってくる光の先。……しかし、それが太陽の光なのか、それともただの電球か何かなのかは、ここからは遠すぎて分からない。
 光と言えば、天以外には要所要所にろうそくが灯されてはいるものの、あまりにもその光は頼りなくて心細い。その灯火は、この場所が醸し出す薄暗さと気味悪さから逃れることができずに、むしろおどろおどろしさを演出さえしている。
 塔のなかに他の人がいることに、サトは少しだけほっとした。最初に目覚めて不安だった時よりは、いくらかここに慣れてきていた。
 心の余裕が出てきたサトは、周囲を探検してみることにした。しかし、どこを見ても、塔のなかは上下に伸びる階段か、似たような部屋が続くばかり。特に目新しいものは見つからない。
 サトは疲れて、とある部屋の壁を背にして地べたに座りこんだ。
 ――一体ここは、何のためにあるんだろう。
 考えても答えは出ないことは分かってはいたが、それでも疑問に思わざるを得ない。
 しかしサトは、何となくその答えのキーワードになるのは“死”ではないかと思った。確信できるものがあるわけではなく、ただの直感だが、そんな気がした。
 しばらく物思いにふけった後、そろそろみんながいる場所へ戻ろうとサトは腰を上げ、部屋を出た。
「あ……」
 するとちょうど、この間出会った少女とサトはばったり出会ってしまった。キクと出会った時にその少女が「……ョーノ」と答えていたのを、サトは思い出した。
 ――ョーノちゃん。
 心のなかで呼びかけるが、声を出すまでの勇気は、サトにはなかった。なぜかョーノが怖かったのだ。
 ョーノは色白で綺麗な顔をしていたが、なんだか生気がなく、あまり笑わなかった。その態度が、彼女が自分のことを嫌っているような気がして冷や汗が出てくる。
 今もまた冷たい顔つきをして、ョーノはサトのそばを通り過ぎる。
 ――ここは危ないから。
 キクの声がサトの心に響いた。最初に会った時にそう言っていたのを今、ふいに思い出した。ョーノは一体、どこまで行くのだろう。
 ――でも多分、大丈夫だよね。きっとそんなに遠くまでいかないはず。私みたいに、周りをちょっと見てまわっているだけだよ。
 サトが声をかけられずに黙っている内に、ョーノはそのまま、果てしなく続く螺旋階段を上って行ってしまった。
 ――大丈夫。きっと少ししたら戻って来る。
 サトは動揺する自分に、そう言い聞かせた。
 
「サト~!」
 戻ってくると、階段の端に座って足をぷらぷらさせているミカがいて、呼び止められた。
「なんか面白いのあった?」
 見上げるように首をそらして、ミカは尋ねる。サトが「特に何も」と言うと、「つまんな~い」と階段に倒れこむ。無邪気なミカに、サトは苦笑した。
「そんな端っこにいると、危ないよ?」
「ん~?」
「だって、手すりないし……」
 螺旋状にどこまでも伸びる階段。中央側の端には手すりのようなものは一切なく、よろけでもしたら穴のなかへ真っ逆さまに落ち続けることになってしまうだろうことは簡単に予測できる。
 落っこちるかも、と気にするサトに、「大丈夫! 平気!」と、分かっているのかいないのか、ミカは元気よく答えた。
「またミカは危ないことして……」
 サトとミカ、ふたりで一緒にいるところにキクがやって来た。
「まあいいけどさ。……あれ、ョーノは?」
「知らなーい」
「あ、さっき、向こうに行くのを見ました」
 サトがョーノが向かった方向を指差すと、キクは「ふーん」と言った。
「後で、あんまり遠くまで行かないように言っとかんとね……」
 キクのその呟きに、サトはドキッとした。
 
 ョーノはなかなか戻ってこなかった。
 ――ョーノちゃん、大丈夫かな……。
 サトは心配になった。そして後悔もした。あの時話しかけておけば良かったと思った。話しかけていれば、自分のなかの、ョーノに対する微妙な距離感へのわだかまりや気まずさを、心のなかに残さずに済んだかもしれない。もし、このまま帰ってこなかったら、この嫌な感覚をずっと背負い続けていかなければならない。一言声をかけさえすれば、こんな罪悪感を抱くこともなかったのに。
 長い間考え、サトは意を決して腰を上げた。
「あの……、わたし、ョーノちゃんを探しに行ってきます」
「あんた……やめた方がいいよ」
 キクと他の人たちは、サトを止めた。塔にいる人たちは危険だと言って、この辺りを離れることを常に嫌がっていた。
「あの子がいなくなってから、かなり時間が経ってる。見つかるか分からないし、今度はあんたが迷子になるよ」
「もしかしたら、すぐ近くに戻って来てるかもしれないし……ちょっとだけ探して、見つからないなら帰ってきます」
「……まあ、いいけどさ」
 そう言うとキクは難色を示したが、サトの行動を止めようとする様子もなかった。しかし、「でも、あたしは手伝わないよ」とだけはキッパリ言った。他の塔の人たちも声をかけられることを恐れているのか、ただサトに干渉しないように離れて座っている。サトは孤独を感じた。冷や汗が背中を伝っているように、すうっと冷たくなった。
 ああ、これは前にも感じたことのある冷たさだ、とサトはぼんやり思った。自分が一番嫌っていた状況だ。
 ここに来る前、学校に行った時にサトはしょっちゅうこんな雰囲気を浴びていた。……そんな目に合わされる理由はこことは違ってはいたけれど。
 最初にこんな恐ろしい雰囲気に身を置かせられた時、心のなかでサトは自分に問いかけた。
 ――私、何かしたっけ。
 何か気に障ったことを誰かにしたのだろうか? それとも不躾な発言をした? ……考えてはみたものの、原因が分からない。もしかしたら、最初から馬が合わなかっただけなのかもしれない。……それでも同級生との間に流れる違和感に気づかないふりをして、なんとか仲良くしようとコミュニケーションし続けた結果、少しずつ関係がねじれてもはや修復することができなくなってしまったのかもしれなかった。……あるいは、ただ単純に、思春期が起こした事故だったのかも。
 とにかくそれ以来、サトは人の顔色に極端に敏感になった。
 キクたちとの関係は、そんなに深刻なものではないはずだが、過去のトラウマから、サトにとって彼女たちの態度は辛いものだった。
 それでも、ョーノを放っては置けない。友達に嫌われたあの時と似たような悲しみと寂しさを感じながら、サトはその場を後にした。
 キクたちがいる部屋から出て、サトは少し深呼吸する。気持ちを落ち着けてから、階段を見つめた。ョーノはどこにいるのだろう。おそらく上に向かっているはずだ。……とはいえ、これから無限に続く階段をひとりで上っていかなければいけないと思うと気が遠くなり、心細い。サトは不安そうに階段に足をかけた。
「サト!」
 声がして振り向くと、ミカが扉から勢いよく出てきていた。
「ミカちゃん……」
「行くの?」
「うん……」
「行く!」
「えっ?」
「ミカも行く!」
 サトは目を丸くした。「来るの?」と尋ねると、「だって、ここ、つまんないし」と言って、ミカは先に階段を上り始めた。その軽快な足取りに心細さが和らいで、サトも一歩、足を踏み出した。(続く)

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