飽き性の人を見て、いろんなことに挑戦してるなと思う。 コツコツ頑張る人を見て、一途に顔頑張っててすごいと思う。 隣の芝生がとても青く見えるように、実は私自身の芝生も青く見えている。
親友だよね?と確認するような発言が出たので、一気に冷めてしまった人は私だけでは無いはず。
しまった!忘れていた! こんな日があってもいい!!
やり続けてきたことに勝るものはないんだな。
洋楽の心地よさは、「子音で終わる言葉」と、「意味がわからない」ってところにあるのじゃないかな。 言葉を理解するために脳を使わなくていいってことかな。
ただ雨音だけを聞きたい時がある。 メロディもなくテンポを刻むでもなく、口ずさむこともできないような。その音に全部が洗い流されたらいいなと思う。
思いがけないところで人から感謝される。 本人は無意識だけれども、なんだか嬉しい。
子どもの時に幸せでなかったら、周りの環境のせいかもしれない。 大人になった今、幸せでなかったら自分に責任があると思う。
知らない間に価値観の押し付けをしていることがある。 私には必要なくても、その人にとっては必要な物がある。 飲み物だって、冷たいほうが好きな人もいればそうでない人もいる。
ここにいて未来は見えないと思うから、次に行くんだ。
振り返ってみると、嫌われてたんだなと思うことがあるんだけれど、その時は気づかなかったんだよね。 自分にはなんらかの才能があるし、特別で、神に選ばれた存在なんだと思っていたよ。 いやでも、ごく普通の一般人で、影響力も持ってないよ。 そう思って生きているよ。
このままなのか。いや、まだ進める。
趣味が合う、ファッションの好みが合う。だからといって話のテンポや盛り上がりが合うとは限らない。 たまには折れることが必要だな。
好きな人に対して執着しすぎると、怖いんだなと思う。 相手が去りたいと思っているなら、離したほうがいい。いつまでも引き留めようとしていると異常な行動をしてしまうことがある。 自分の存在を間接的に知らせようとしたり、気を引かせようとする。自分のことを傷つけてまでも。
TEDにあったMatt Cuttsの30日間チャレンジというは動画を見て、つぶやきを始めました。 Mattの動画にはチャレンジをする中で「一日一日がとても印象的に残る」とありました。 私は散歩をして感じたことをどう言葉にしようか考えることを習慣にしました。とても印象的になりました
お金の余裕は心の余裕につながると思った。 まだお金というものがなかった時は、何が心の余裕だったのか。 食料なのか、家なのか、家族なのか。 持っている財産で決まっているのだろうか。