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人は道徳より先に損得を学ぶ

誰かが困っていたら助けなさい。
人に思いやりを持って接しなさい。
相手のことを考えて行動しなさい。

多分3歳児に言っても、
それが何故なのか理解できないと思う。

自分がやりたい遊びを我慢して、他の子に譲るのも。
一緒に転んで、泣かないで隣の子の心配をするのも。
物投げられても、投げ返してはいけない事も。

何故そうしてはいけないのか、
誰も教えてはくれないだろうから。

やりたい事を我慢しなければならないのは何故で。
転んで痛みに耐える事が美徳なのは何故で。
相手がやって、自分がやってはいけないのは何故か。

理由もない綺麗事が好きですね。

やりたい事に熱中したいから、貸したくない。
痛くて治したいから、待ちたくない。
耐えたくないから、発散したい。

これの何が悪いのか、教えてくれない。

もう覚えたから、あげる。
もう治ったから、治してあげる。
もうやる気ないから、ほっとく。

だから、たまたま「相手にとって都合が良くなる」
それが、人から見て「思いやり」に見えるだけ。

余裕があるから、たまたまできただけ。

余裕がないままやったところで、
相手に都合が良くて、自分が壊れるだけ。

自分の安全が確保される事を優先するのが
当たり前だと思う。

ただ、余裕があるのにそのままなのと、
余裕を作ろうと調節しないのはどうかと思う。

だから、今の人間に必要なのは、
道徳を解く事ではなく、己の余裕の調節方法。

才能が欲しいなら、作ればいいだけ。

がんばろー笑。


おわり。


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